妄想長編

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言葉少なく自分を引き連れて歩く、目の前の黒髪の女性は誰だろう。
イザヤと呼ばれる人間は静雄の中では一人しかいない。
雰囲気や面影はあるのに、性別だけが違うなんて、一体全体何事が起こったんだ?

そして新宿にある人気のゲストハウスに連れていかれ、心ここにあらずなまま、真剣に担当者と打ち合わせするイザヤの隣に座る。
これは長い夢だと思いながらも、出されたアイスコーヒーは苦かった。
広げられた資料には、確かに自分と『折原 臨』の名前は印字してあるし、何よりイザヤの左手薬指にも、自分のと似たデザインのピンクゴールドの指輪が光っている。

どういう事だ、本気でどうなってんだ。

ある日起きたら、イザヤだけがこの世界で変わっていた。
昔から女で、学生時代から喧嘩してて、それでも何故か結婚するという。
女性だという時点で他人だと思えるが、喋り方や雰囲気、何とも言えない感覚が、間違いなくイザヤなのだ。

殺したいぐらい大っ嫌いな、あの。

ぞわっと恐ろしくなって、話が途切れたのもあってか喫煙所を尋ねると、慣れた様子で担当者はテラスを案内する。
ポケットに入れたタバコも、ライターも、味も全て昨日と同じ。
ふう、と空に向けて煙をはいて、とりとめなく今朝からの事を思い返す。
だが、あまりにも衝撃的すぎて考える事ができない。かといって有りの侭受け入れることもできない。


そんな静雄を他所に、担当者とイザヤは資料を片付けつつ談笑しだした。

「今日の静雄さん、いつもとちょっと違いません?いつにも増して静かだし…あんまり喋る人ではありませんけど」

「披露宴なんて恥ずかしい、ってゴネてましたからねー。それに、昨夜また喧嘩しちゃった時、ちょっとだけ打ち所悪かったのか、ぼーっとしてて」

「ふふ、相変わらず激しいですね、お二人の喧嘩って。結婚するまでに落ち着けそうですか?」

「うーん、向こうがすぐキレるからなぁ。まぁでも随分と落ち着いてきたから、大丈夫かもですねぇ。
じゃなきゃ結婚しませんよ」

一人苦悩する静雄の背中をじっと見るイザヤの顔。その顔を担当者は観て微笑ましくなる。

「本当にイザヤさんは、静雄さんが好きなんですね」

そんなあたりまえのこと、言わなくてもわかり切っている。だが、イザヤは顔を赤くして、照れて笑う。

「……まぁ、前からずっと好きでしたよ、多分。素直になるまでが長かったの、かな」

馴れ初めを知る担当者は、数有るカップルを見た中でも、この二人を素直に祝福したくなる。
いじらしいほど不器用で、真っ直ぐな恋をしていた二人。少々暴力があるのは盛大な照れ隠しだと、理解している。

「精一杯、お手伝いさせていただきますからね」

担当者の力強い言葉に、イザヤは嬉しそうに微笑んだ。
そんな幸せそうな優しい笑みに気付かず、静雄はただ流れる煙を目で追っていた。






長い話し合いが終わり、さあ帰るのかと思いきや衣装合わせとかでまた違う場所に連れていかれる。
式場の近くにある貸衣装屋と美容院が入った建物で、生まれて初めて入る空間に、静雄の思考は完全に止まる。

「あー、ダメだ、やっぱ決めきれない…うーん」

イザヤはフリルもレースもなく、シンプルで似たようなデザインのドレスを4着ばかり並べて吟味する。
どれもそう変わらないのでは、と思いつつも、段々と頭が冷えて来た。
ここは、何かの拍子に陥った同じ時間軸の違う世界、どこかで見た映画みたいな事が現実に自分が体感していて。
そこに居る自分とイザヤが本来の世界とは異なっていて、夢のような現実。いや夢にしては酷な話。

俺が知っているイザヤじゃないイザヤは、俺の事を好きなのか。
そしてイザヤが知ってる俺じゃない俺を、このイザヤは好きなんだ。
彼女もその恋人も、最早他人。
すればここにこうして、真剣にドレスを選ぶイザヤに申し訳なく思える。
彼女の知る静雄なら、きっと今頃、どのドレスがいいのか、式をどうしようかと話していたのだろうし、移動する間も、恋人らしく振舞っていただろう。
なにがどうして、こうなったのか。

また、静雄の中ではイザヤは憎むべき最悪な人間なのだ。
でも、今、目の前で純白なドレスに悩む女性もイザヤで。
端々の行動や言葉に、通うものがあって苛ついたりはしても、昨日のように殴りたいとまではいかなくなった。
逆に、女性であるイザヤに対して落ち着かない感情が湧き上がる。
女性と二人きりでこうして過ごすなんてそもそも初めてかもしれないし、それがまさか静雄自身の結婚にむけてなど信じられない。
もう一人のどこかにいる静雄に問い詰めたくなる。
高校の頃から間違いなく女性のイザヤとも喧嘩していたはずだ。どんな仕掛けかわからないが、過去に起こった出来事がこちらでもそのままあったのなら、半端な事ではこんな事にならなかったろう。
どういうきっかけで、何があって、今に繋がったのか。

憎い相手を許せる程、自分は強くなったのかーーー

「じゃーん、どうだー?シズちゃん」

そう言って現れたのは、胸元に百合の刺繍が施され、チューブトップで肩や胸元が見えているが、ふんわりとしたシルエットの華やかなドレスを着た、イザヤ。
細くて白い体にピッタリと、寸法を測ったかのように似合っていた。
ドレープを踏まないようスタッフも手伝い、ゆっくり試着室から出てくる。
顔も雰囲気も、イザヤだ。だがここにいるのは、確かに自分じゃない静雄に愛されている女性。

「マーメイドドレスもいいんだけど、これ生地や刺繍が綺麗でさ。一生に一度だし、思い切ってみようかな、どう?」

少しはにかんで、ぶっきらぼうに手を広げて見せる。
スタッフも絶賛するほどの着こなしに、静雄もあれこれ考えずつい頷いてしまう。

「…似合うと思う」

「ほんとー?!あはっ、久々シズちゃんに褒められたよー」

そう言ってドレスを翻し、写真を撮っていたスタッフと話すとまた試着室に消える。
素直に誉めた自分の言葉がどこかこそばゆく、こちらが照れてしまった。それと同時に、激しい後悔。
この今の俺が言っていい言葉じゃないだろ、と。

だが、一言誉めただけでそんなに喜ぶものなのか、と彼女のはしゃぎように驚かされる。
そして、一人、先程から胸の奥で燻る黒い感情を掴み上げて唇を噛む。

間違いなく、これは嫉妬。
それも誰でもない彼女が知る静雄に対してのものだった。

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