妄想長編

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池袋、夜9時過ぎ。
今日も今日とて喧嘩好きな悪友二人、その首を取ろうと躍起だった。

「しっつこいよ!シズちゃん!!今から仕事なんだよ!」

「やかましぃい!!大人しく殺されろ!!」

「それはこっちのセリフだっつの!…と!!」

バーテン男が振り下ろす鉄の柵を、軽々と避けてみせる華奢な優男。
長年繰り返し、手荒になるがそれでも二人は互角以上に渡り合う。
華奢な男が振りかざすナイフを俊敏に避け、カウンターで拳を上げて、長い足で相手の足元を狙うも避けられ。

いつまでも決着がつきようないが、華奢な男は何か気になるらしく、チラチラとバーテン男とは違う方を垣間見る。

「くたばれ臨也ぁ!!……ぁあ?!」

もう一歩踏み出せば間合いに入る、そこまで踏み込んだ時。

少し前にバーテン男が振り回していた道路標識がその頭を狙って倒れていく。
地面に突き刺さった標識を、倒れるよう細工していた男は、その標識に足をかけて速度と重量を加算する。

「……っがっ……!」

咄嗟に防御も間に合わなかったバーテンは、頭の側部に標識を食らってしまう。
よろけて膝をついた隙に後ろに下がり、時間を確認すると優男は舌打ちしてそのまま下がる。

「ざーんねん、時間切れだよ。恰好のチャンスなのに…また次こそトドメ刺してあげるよシズちゃん。…そのまま死んでもいいけどムリそうだなぁ、また」

多分普通なら頭蓋骨骨折や脳座礁を起こして命の危険なのだろうが、一般人よりかなり頑丈なバーテン男は、出血もなく軽く脳震盪を起こして立てないだけのようだ。
悔しそうな優男は、それぐらい重々承知している。

「ま、急ぐから命拾いしたね、シズちゃん。バイバイ」

「……ぐっ、てめっ、待ちやがれ!……イザヤぁぁあ!!」

よろけても立ち上がれないバーテン男を他所に、優男はさっさと背を向けて走り出す。
ぎりぎりと頭が痛む中、苛立ちと憤怒にまた違う目眩がする。

がつん、と怒りを地面に拳で叩き込んで、深呼吸を繰り返す。
しばらくしてやっと感情が落ち着いて煙草に火をつける。

またしくじっちまった…

学生の時から、この手で必ず殺してやると追い駆けている相手。
殴りはできてもトドメを刺すことができず、いい加減辟易する。
殺す迷いはないのだが、向こうが多少は腕が立つので勝負は平行線だ。
首を折るなり何かぶつけるなりで終る簡単なことなのに、あと一歩なのに。

「……くっそ、いってぇな標識も…」

ぶち当たった側頭部を押さえ、自分を襲った標識に縋って立ち上がる。
痛みと衝撃に目の前が時々暗くなる、場所が場所だから医者に見てもらったがいいのだろうが、面倒くさい。
まぁ、明日まで何かありゃ新羅んとこいくかな。
闇医者を担う旧友をあてにして、ふらつきながら家路を辿る。

時々周りの景色が遠くなりながらもどうにか家に着き、電気も付けず布団に倒れこむ。
痛いからか酷く眠い、ヤバイのかなこれ、とは思っても体が動かない。
とにかく眠ろう、と目を閉じたらすぐに深淵に引きずりこまれるよう意識が吸い込まれていく。









そして無事に朝、目を覚ました。

目を開け、意識が覚醒してくると目覚めた事に安堵したが、どことなくまだ頭が痛い。
あのまま寝てしまったために着ていたバーテン服は皺くちゃだし寝癖もヒドい。
携帯も見ずにシャワーを浴び、脱いだバーテン服を転がっていた紙袋に突っ込む。
クリーニングに行くついで食料でも買いにいこう、とシャツと黒いスラックスにサイフと煙草をねじ込み家を出た。
アパートから一本通りを離れたところで携帯を忘れた事に気付いたが、取りに行く気にもなれずそのまま歩く。

今日は仕事も休みだしな…別に無くてもいいか。連絡を密に取る人もいないし、と若干自虐的に考えながら馴染みの小さなクリーニング屋を尋ねる。
店主のおばちゃんがニコニコしながらいつもありがとうね、といつものように服を預かる。
ほつれや破れを確認すると、またナイフで裂かれた箇所を見つければ。

「まぁた喧嘩??怪我はないのかい?何かあったらあの子が泣くから程々にね」

「え?あの子??」

いつもの与太話に初めて出てきた単語。
誰の、何の事を示しているのかわからず、尋ねようにもおばちゃんは伝票を切ってすぐ鳴り出した電話に出てしまう。
変な疑念を感じたまま、店を出ると家に戻らず街中に足を向ける。
誰か他の奴と勘違いしているわけじゃないし、別にそんな事を言われる奴がいるわけじゃない。
弟のこと…を話してはいなかったが、職業を伏せて話したかもしれない。
取り合えず弟のことだろうと憶測をつけて、あまり減ってない腹に入れる飯について考えを移行させる。

すると、背後から元気のいい足音が二人分遠くから近づいてくる。
途中で気付いていたが、振り返ることなくそのまま歩き続けて到着を待つ。

「しーーずおさーーーーん!!!」

元気がいい明るい声の主は静雄の腰に飛びつき、黙ったまま駆け寄ったもう一人は腕にそっとしがみつく。
顔を見ることなく誰かわかるが、街中でしがみつかれるのは随分慣れたはずだが、恥ずかしい。

「マイル、クルリ…もう少し大人しく声をかけれないか?」

しがみつく二人を軽々と引き離し、揃って見上げてくる二つの顔を見やる。
三つ編みで眼鏡をかけた明るい方がマイル、長めのボブで大人しそうなのがクルリ。
スタイルや服装、性格が違えど顔や体格はそっくりな、双子の姉妹だ。
それも、よく知る奴の妹。

その兄貴に食らった怪我がまた痛みだし、一瞬だけ視界が霞んだ気がした。

「……相変わらず兄貴によく似てるなお前等。今日は学校…ああ、日曜日だったか今日って」

静雄の溜め息混じりな呟きに、珍しくきょとんとした顔で黙り、二人は顔を見合わせる。
何を意味するかわからないが、おかしい事は言ってないはずだ。

「?静雄さん、また昨日も喧嘩した?頭とか打ってない??」

「んあ?……まあ、いつもの如くだったけどよ、ちょっとばかり頭打っただけだ。ったく、あの野郎…」

昨夜のあの勝ち誇ったような顔を思い出して苛々が募る。
そんな静雄を他所に、双子らは何かひそひそと話していた。

「どーした、別に兄貴と喧嘩するぐらい珍しい事じゃないだろが」

「……ね、静雄さん、本当に大丈夫?」

「は?」

真剣に見上げてくる双子の言葉に、何を言っているのかわからない。
怪我はみた目じゃわからないし、別にへんな事もしてないし、言ってない。


「別にいつも通りじゃねぇか。何だよ」

「……だって、イザ姉のこと、兄貴なんて言うから」


………イザ『姉』???


「はあ?」

「さっきからずっと変だなぁと思ってたけど、頭打ってるなら仕方ないのかな。雰囲気変ってるし、イザ姉を兄貴っていうし」

うん?なんだ?え?

「お、おいおいおまえ等の方こそ大丈夫か?お前等の言うイザヤって」

「折原家、三姉妹の長女、イザヤだよ。静雄さんも超知ってるじゃない」


長女?三姉妹??誰だイザヤって。

昨夜街中で喧嘩して、ナイフで襲ってきたあのムカつく野郎が女???
いやまさか、学生時代に体育やらで体をみた事あるがれっきとした男だろ。
なんだ、頭打ったから夢見てるのか俺?幻聴?何だこれ?

「……あ、噂をすれば」

「…臨姉……」

双子が混乱して黙る静雄を他所に、遠くに向かって手を振っている。
その人は静雄の背後に近付いているだろうが、振り返っちゃいけない気が、した。

「シーーーズちゃ〜ん?昨夜から携帯でないわメール返さないわで朝からうちの妹たちとお出かけ〜〜?いい御身分ですねぇ〜」

知らない声で、よく知る口調が聞こえてくる。
無理に作ったような声じゃなくて、少し低めだが、よく透る女性の、声。
頭が記憶のどこにも無い声を認識してから、ゆっくり振り向くと。

双子らより頭半分背が高く、細身の女性が立って居た。

セミロングの黒髪、色白で化粧は薄く、冷たい感じがするが美人だ。しかしこちらを睨む目にはどことなく見覚えはある。
ファーがついた丈が短いジャケットに、黒いVネックのカットソーと、フレアな黒のミニスカ。それにニーソにミュール。
全体をシックな黒でまとめた出で立ちは、雰囲気こそ静雄のよく知るイザヤだ。
だが、どうみても女性なのだ。

顔はクルリマイルと三人揃えばよく似ている。面影も静雄が知るイザヤと近い。
なんだこれ、夢か?ドッキリか?

「……連絡一つ寄越さなかったのに、言う事ないの?昨夜はさすがに悪いと思ってさぁ…」

「イザ姉イザ姉、静雄さん今日なんかおかしいんだよ。イザ姉のこと兄貴っていうし、雰囲気変ってるし、昨夜頭打ったからじゃない?」

「…胸ないからっていくらなんでも男扱いするか?何それシズちゃん、やっぱ昨夜の打ち所悪かった?そりゃーちょっと珍しく頭にキマったけどさ…」

さっきまでのキれかけた顔じゃなく、慌てたような、知らない顔。
雰囲気も、見た目も女である事を除けば確かにイザヤなのだ。

俺は、何を見ているんだ?

夢か、白昼夢か、それとも手のこんだ悪戯か。
いい加減にしろと叫びそうになって、ふとイザヤらしい女性を見れば、真剣な顔でこちらを見て居た。
窺うように、不安げに。

「携帯も繋がらない、家にもいないしぶっ倒れてんじゃないかって心配させてそれ?随分じゃないの?
…って聞いてる?シズちゃん?」

双子と女性の声は頭に入らず、静雄はふらりとその場を離れた。
止めるような声がしたが聞こえてない。
一体なんだ、俺の頭はどうにかなったんじゃないか。
昨日まで、眠るまで何も変わらなかった。朝起きてもいつもの部屋だった。
クリーニング屋のおばちゃんが珍しく変わった事をいったぐらいで。

ふらふらと混乱しながら歩いていると、すぐ横の道を、馬の嘶きのような音と黒いバイクが過ぎ去る。
それがとても安堵できて、すぐに足が動いた。

黒バイクと静雄が向うは、旧友新羅の家。




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