企画物議
□覚悟。
1ページ/2ページ
※読まなくてもいい後日談。にょたや的お約束だらけで甘くなります。覚悟がある方だけどうぞ。
そして、時が過ぎ。
何故か新宿の情報屋の姿がふっつりと消えて一ヶ月にもなる。
なぜなら、彼は今どこにもいない。彼と同じ名前、顔の女性が仏頂面で池袋の闇医者宅に座り込んではいるが。
「・・・で?新羅くん、一週間で元に戻るっていってなかったかなあ・・・」
「いやだから効果は個人差があるって言ったじゃない。たまたま君と薬の相性が良かったんだよ」
どこの芸能人だと言わんばかりにカツラとサングラスをかけ、見慣れない服装で新羅宅へやってきた臨也は、まだ女性の姿のままで在り続けていることにいい加減恐ろしくなりこうしてやってきた。
二週間までは精神的にショックが続き、このままでもいいか、とすら思えていたがいい加減波江にも仕事へ戻れとやかましく言われ、恥を覚悟でこの姿を彼女に晒してまで仕事をしていた。が、いい加減仕事上の不具合も目に見えていた。
ここまで長く変化していることに、とある不安を抱いた新羅も、義母と実父がいる研究所に臨也を引っ張り込み、朝からずっと精密検査を受けさせた。じろじろと観察され、同じ事を何度も聞かれ、なれない検査が続いた疲労と苛立ちからこうして結果を待つ間、新羅の家で愚痴をずっと垂れているのだ。新羅は慣れた様子でお茶を入れつつ、愚痴を聞き流している。池袋へ来ることを渋った臨也を説得するのも日数がかかったのは、情緒不安定なだけじゃないだろうと薄々感じていた。そこで、時折暗い顔をする臨也に、新羅は聞いてみた。
「・・・ところで臨也、最近特に女性らしくなったというか、綺麗になったね。化粧とか慣れたのかい?」
急にそんなことを言われたものだから、飲み下そうとしたお茶を拭き出そうとしてむせ込んでしまう。あはは、と軽やかに笑いつつタオルを差し出すと噎せてか顔を赤らめ怒ったようにタオルをひったくる。
「・・・・ば、馬鹿いうな・・・!何、からかって」
「いやからかうどころか、本当だって。まるで恋でもしたみたいでさ」
恋、というところで口にタオルをあてたまま固まってしまう。違うと否定する声が小さい。どうやら新羅の思惑は若干当たっているようだ。そしてそうなったのは、あんなに息巻いてターゲットにしていた人物ではないかとも。
「いい事じゃないか。人間への愛を貫く折原臨也がひと時の恋に落ちるとか。もしかしたら男に戻らないのもそれかもよ」
「・・・・違うって、冗談でも言うな」
「なんで?戻りたくないと念じれば奇跡が一つぐらい起きてもおかしくないだろう?君が言う人間の可能性は実に無限だ」
「・・・」
押し黙り、俯いてしまう臨也に、再度お茶でも入れなおそうと台所へ向かう最中、パソコンにメール受信のシグナルが表示される。検査結果だろうとお茶そっちのけでいそいそとパソコンの前に座り、義母の怪しい日本語の挨拶を読み流して添付されたファイルを開いていく。
「ちょっと待っててね臨也、検査結果が今・・・」
ドイツ語と日本語、そして英語と入り混じるカルテらしい文書と血液などの分析表の一覧、義母やその周りによる見識が走り書きされている。さらさらと読み流しては臨也が欲している「いつ戻るのか」という見識の言葉を捜して、探して、辿って。
止まった。
「・・・どうした新羅、おい、何呆けてるんだお前」
数分ほど固まっていたのか、臨也が呆けている新羅の肩を思い切り叩いてうえっと変な声をあげさせた。そして、黙ったまま全てのページをプリントアウトしていくと、プリンターを前にしたまま大きな溜息を漏らした。
「・・・・ねえ臨也、土下座だったらいくらでもするけど、命までは奪わないでくれないか・・・」
「・・・・なんだその前置き、不吉すぎる・・・」
規則正しい音を立てて次々とプリントアウトされる診断結果。最後は義母と実父の興奮めいた悦びの声が綴られ、「臨也をこれからも定期的に検査に!」とまで書いてある。もちろんそうせざるを得ない。
「結論から言うと、君が男に戻る確率は、はっきり言ってゼロに近い」
静かに言い切った言葉は、あまりにも残酷すぎてえ?はあ、そうなんだ、と肩透かしを食らわされて、そしてじわじわと実感させられていく。さっと血の気が引いて食いかかるように新羅に近寄ると、見上げる格好でその胸倉を掴む。
「・・おいおい、冗談はよせ、何でそんな」
「・・・医学的な見識と検査結果から、君は今の身体で定着してしまっているんだ。戻る兆候もなければ、戻れるはずの要素が体内から全て掻き消えている」
言いづらそうな新羅だったが、ちらちらとカルテを横見し、もっと言いづらそうなことを隠しているような気もする。若干頭がパニックになって追いついてないが、さらに何を言われようとこれ以上ショックはないと胸倉を掴む力を強めて新羅へ詰め寄る。
「・・・・・まだ、在るんだろなんか。いえって」
女だとすぐ喉が震えてしまう。弱弱しい声だよなと笑いたくもなってきた。昔から新羅の隠し事や嘘をそれとなく見抜く臨也に、これ以上黙れないかと新羅は溜息をついて、臨也の手を握ってそっと離させる。
「・・・・いいけど、聞いても暴れないでくれよ」
そして、どこか憐れむような笑顔を向けられ、ひやりと胸が、腹が冷えていく緊張。喉が渇いて、痛い。
「・・・内臓まで変化がないと思っていたのに、君はその内臓器官まで変化していた。遺伝子レベルでも女性だと判断されているし、戸籍を変えたほうが一番早いみたいだ・・・そして」
ぺらりとドイツ語が連なるカルテを見せ、何かを達筆で記している箇所を指差して見せた。
「おめでとう、臨也。・・・今、妊娠二ヶ月目だってさ」
「マジで?」
しかし、新羅の思う他、やっぱり?という顔をして臨也はその言葉を受け止めていた。臨場感を込めて深刻に告げたはずが拍子抜けたのは新羅だった。
「・・・もっと驚かないのか?君は男に戻れない上に妊娠してんだよ?こう、ショック受けるとか」
「いや、あの、なんつーか・・・波江に最近妊娠でもしてるんじゃないかってよく言われててさ・・・あーそうなのかなーって何となく・・・うん・・・いやショックはショックだけど」
実はこのところ、食欲のなさや微熱、そして情緒不安定や嘔吐を繰り返していたのを見られ、波江がふと言い出した。冗談だと流しても、何故か直感でそれを信じていたのは、母性とやらか。
「それにしては随分ドライじゃないか・・・もっとこう、リアクションを期待したというのに」
なんだ、とカルテを投げ出して茶を入れに戻る新羅に、臨也は自分の腹を見つめて実感のない命の影を追い求めてしまう。やっぱり、か、と。
「なんだろうね、ショックなのに思うほど感じれないのは。まだ無理やりレイプされかけた時のほうがショックだからかなあ」
「・・・まさかその子供の父親ってレイプ魔じゃないよね?」
新羅には女になってから静雄との事以外は話している。しかし一言も静雄の事を口にしていないだけに何らか勘付かれてはいそうだが、あえて言いたくはない。
「違うよ。危なかったけど、一線は守れた。・・・ちょっと火遊びが過ぎたかな」
「ごめん、まさか体内も変化するなんて思わなくて、無責任な事言って・・・堕胎するなら紹介するけど」
「うん、・・・そう、だな」
堕胎、と聞いて急に腹が重くなった気がする。まだ細胞でしかない命の影が酷く大きく、体内で動いたような。
思わずはっと手で腹を押さえると、すぐに思い浮かべるのが静雄の顔なんて。
「・・・まさか生むわけには、いかないよな。俺が・・・」
元は男だ。生んだ後で男にある日戻ったとかなれば想像すら恐ろしい。ましてや、自分が命を一つ産めるなんて微塵も思えない。命を今宿していることも、やたら重く感じる堕胎という言葉にも、溜息を漏らしてしまえば茶をテーブルに置いた新羅が臨也を振り向くことなくへえ、といつもの口調で言葉を続ける。
「静雄には言わなくていいの?あいつ、君を探してるんだよずっと」