企画物議

□覚悟。
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 いきなり静雄の話題に触れられ、即座に反応したのは臨也の顔で、すぐさま熱くなっていた。慌てて関係ないとしどろもどろに否定したために、逆に真っ当に肯定したようなものだ。耳まで熱いとわかっていながら、やはり見抜いていた新羅の言葉にぶすくれてしまう。

「・・・・探してるったって、名前もわからない女だろ?闇雲に探そうったって池袋にはいないし、なんでまだあいつ」

「ああ、君はそう思うわけね。君この一ヶ月池袋に来てないだろ?だから知らないんだろうけど、うん。あいつ、君が誰か知ってるんだけど」

「え」

 あった。悪夢以上のショックが。

「何で臨也が女になってんだって、一週間ぐらい前か?いきなり静雄がここに来てさあ。てっきり君がバラしたのかと思って全部喋ったけど。・・・まさか、何も言ってないのかい?」

 無言で頷くしかできない。知ったというのか、あのままそっと消えて、もう忘れて憎んでいてもおかしくないというのに。いや、だからこそ追いかけてきているのか。きっと会ったら最後、殴られるだけじゃすまない。

「とにかく、静雄は動物的なほど直感が冴えることあるし、君が臨也だとすぐ見抜けたのかもしれない。それに、怒ってはいたけれど、憎いって感じじゃなかった。怯える必要ないんじゃないかな」

 いや待て、そんなことはない。今はどんなことより情報を整理させてくれとその場に座り込み、頭を抱え込む。しかし、腰が冷えるよと新羅に無理に立たされ、ソファーにゆっくり座らされてしまった。

「行ってやれよ。君だって静雄に会いたいんだろ?どこにいるかとか僕が教えなくても君は知っている。急ぐならセルティを呼ぼう。大事な身体を慎重に、かつ早く送り届けるし」

「・・・・・馬鹿言うな・・・なんで・・・」

「このままじゃ世界一馬鹿は君になる。黙ったまま堕胎するとかなれば、僕はまず医者より先に静雄に知らせるよ。身体の変化に心まで追いつくには時間がかかる。今の君をまんま受け入れるには君一人じゃ無理だ。素直になって、静雄に助けてもらいなよ。あいつはもう、昔の臨也を憎みはしても今の君には・・まあ多少怒りはしても、そう憎んでいるわけじゃないみたいだ」

 新羅の言葉がやけに温かく感じる。この一ヶ月抱えてきた不安と孤独、忘れきれない慕情に潰されかけた心が立ち直る。あんなに願ったじゃないか、静雄と一緒にいられるようにと。この姿のままならそれが叶うじゃないかと。

「僕がどうこう言うより、君が言い訳するより、答えは決まっているだろう。行きなよ、ただし絶対走らないこと。今が一番大事な時期だ。君は元元身体が細い、転んだら一大事にすらなるからね」

「・・・心配すんなって。多分父親譲りで頑丈だ」

「そして母親譲りで腹黒くなるのか・・・将来が大変だ」

 新羅が真剣に不安がると、五月蝿い、と笑いながら立ち上がる。その時、セルティが静かに帰宅してくると目を潤ませて笑っている臨也と穏やかな顔の新羅を見比べてどうした、とPDAに打ち込む。

「ちょうどよかった。セルティ、臨也を・・・」

「いや、いい。歩いていく。今ならそう遠くにはいないだろうし」

 それに、と臨也は目元を拭って玄関へ向かう。女の身体で池袋を歩くには久しぶりだとどこかわくわくしてくる。
 あいつが、待っていると思えばなおさらに。

「多分、向こうから見つけてくるよ。あいつはそういう奴だ」

 言いたいことやまだ不安要素はごまんとある。しかしそれはあいつの顔を拝んでから考えてもいい。
 最後の最後まで走るなと念を押され、さっきまでとは違って随分明るく見える街を見下ろして新羅宅を後にする。一歩一歩、静雄が居る箇所へ近付くたびに胸が苦しくなり、そして楽しみで仕方がない。走りたいけれど、ゆっくり焦らすように歩いていく。何を言おうか、どんな顔をされるだろう、この身体についてどう反応するだろう。ああ、それより、この一ヶ月お互いどんな思いだったのか言い合うことになろうか。

目線が低くなった池袋の街並みが明るく見えてしまうほど浮かれている。不安も不満も全て、あんなに葛藤していた苦しみが嘘のように晴れていくような。

 やがて大通りの歩道橋で、臨也はつと足を止めて楽しい気持ちを前面に出して微笑む。通り過ぎる人ごみの中、一人だけやたら目立つ長身の男。サングラスをかけていても驚いた顔がよくわかる。その姿を見ればあらゆる覚悟が己の中に居直ってきたようだ。こんなに穏やかで、愉しい、・・・・嬉しい。


「久しぶり、シズちゃん」


 これからどうからかおうかと考えていたのに、静雄がぎこちなく笑いかけてきたものだから胸が詰まってしまう。涙脆くなったなと考えて空を仰いで堪えようとしたのに、そこに見えたのは空じゃなくて。

「もっと早く出て来いこの馬鹿が」

 怒っている顔でこちらを見下ろす、男の顔がそこにあった。ごめんだとか悪いとか、口にしたら負ける気がして絶対この先一言も言わないでやると、とりあえず抱きつきながらそのシャツで目元を拭わせてもらうことにした。







 終




「そういえばシズちゃん、子供好きかい?」

「・・・・何だ突然。・・・・しっかし改めて見るとやっぱ臨也だよなあ・・・」

「俺だもん、そりゃ違ったら凄い。いや、なんか俺ね――――」

「は?」





言い訳。

お約束が書きたかっただけの、後日談。本編は葛藤までです。あとは・・・ただの趣味です・・・申し訳ない・・・・
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