君にだけ響く音

□Episode4 夏祭り
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 ざわざわと、誰とも知れない声が満ちていて、静寂なんてない。
道行く人にぶつからないようにするのも困難で、着ている浴衣がはだけないように歩くのもまた難しかった。

「愛、ちょと待って」
 後ろから「きゃっ」という悲鳴が聞こえたから、私は歩く速度を緩めた。
止まると人にぶつかる可能性が高くなるから、早足で歩いていたのだけれど。

「相変わらず人多いんだね、このお祭り…」
 二人で人の流れから少し離れた場所に移動し、息をつく。
ふう、と深呼吸する美樹の額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「…大規模だもん」
「そうだよねえ。今年もうちらが演奏出来るなんてねえ」
 そう言って美樹は、自分の肩にかけた長いケースを地面に垂直に立てて置いた。
薄い紫色の光沢を放ったシャイニーと呼ばれるケース。
この中には、彼女の愛用のトロンボーンが入っている。

 美樹と私は中学時代、同じ吹奏楽部で活動していた。
トランペットとトロンボーンでパートは違ったけれど、クラスが一緒だったこともあり仲が良い。

「他のみんなは?」
「裏口集合だって」
「そっか」
 美樹が嬉しそうにシャイニーを撫でる。
私は後頭部に手を当て、後れ毛を止めるヘアピンを直していた。

 ざわざわ、ざわざわ。
私たちの目の前を歩く人の流れは止まることを知らず、せわしなく歩いていく。

「知り合い通るかな?」
 少し嬉しそうに言う美樹に「どうだろう」と相槌を打ちながらも、目をこらして『誰か』を探す自分がいた。

 去年もこのお祭りに来た。
その時の光景と変わらないけど、あの時と探している人は違う。

 「会いたくない」と思って辺りを見渡すのと、「いるかな」と期待を込めて辺りを見渡すので心持ちが違う。

「愛、誰探してるの?」
「…ちづちゃんとか」
 とか、ということは他にも探している人がいるということなのだけれど。
その『とか』に誰が含まれているのかは自分にもわからなかった。

「ちづちゃん?」
「うん。吉田千鶴」
 一瞬美樹の目が点になる。
しばらくして「あぁ、千鶴ちゃん」と合点したような声が聞こえた。
「同じ高校なんだっけ」
「そう」
「あそこにいるけど…」
 驚いて美樹が指差す方向に顔を向ける。
人がいっぱいいてよく見えない。
「え、どこ」
「あそこだって。
 焼きそば買ってるの、違う?」
 焼きそば、と呟きながら目を凝らす。
色とりどりの屋台が並ぶ中、他より少し古ぼけた『やきそば』と書かれた屋台はひっそりと佇んでいた。

 
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