君にだけ響く音

□Episode3 夏の始まり
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「ねえ、愛はいつまで『矢野さん』なの?」
「…え?」
 あるお昼、今日は購買で買ってきたパンをかじりながら矢野さんが聞いてきた。
「確かに!愛硬いよー」
「…硬い?」
「うん!ふつーにやのちんって呼べば良いのに!」
 ちづちゃんにまで言われて、私はさらに言葉に詰まった。
 『やのちん』って呼ぶのは、なんとなく気恥ずかしい。
でも、入学して数ヶ月経った今、『さん』付けで呼ぶのも抵抗があった。

 数ヶ月一緒にいただけだけど、ちづちゃんも矢野さんも一緒にいて安心できる。
もう、友達なんだなあって実感できる今日この頃。

「あやね」
 矢野さんが自分を指差しながら呟く。
「ほれ、言ってみ」
「あ…?」
 あやね、と言おうと思えば言えるはず。
でも綺麗に笑う矢野さんの顔がやっぱり眩しくて、ぱっと下を向いた。

「もー愛はいつまで恥ずかしがってんだよー」
 あたし緊張なんてしないって言い張るちづちゃんに軽く焦りを覚える。
やっぱり、名前を呼べないのはまずいのかな。
でも普通に話せるようになっただけで奇跡な私にとっては、名前なんて呼んでいいのか不安。
 中学のときは普通に呼べてたけど、やっぱり今は負い目があるから。

「あー…」
「愛頑張れー!」
 嬉しそうに焼きそばパン(最近よく食べているみたい)を頬張るちづちゃんを横目に、拳を握って気合を入れる。
 矢野さんの目の中に、私の強張った顔が映っていた。
 
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