ありふれた物語=小さな奇跡=

□Train =第二部 停車駅=
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 あの日から、彼の姿は見ていない。



「あーずさっ!!」

 振り返ると、スクバを背負った勇馬が駆けてきていた。
「なに」と言おうとしたけど、彼が言うだろう言葉はわかっている。
自惚れでもなんでもなく。

「俺と付き合って!」
「無理」
「早っ」

 即答かよーと大袈裟にのけ反りながら、勇馬が叫ぶ。
教室に残っている人たちから、からかうような笑いが飛んでいた。

「勇馬またフラれてやんの」
「よく懲りないよなー」

 そう、この会話は日常茶飯事になってきていた。
彼と話した、あの日の放課後から。

「だってさー、本気で言ったら優しーく断ってくれたんだぜ?
 ってことはしつこく言ってれば、いつか実るかも!」

 馬鹿だー!と言う嘲笑が飛ぶ。
頬を赤くしながらも、決して勇馬は自分を馬鹿だと言わなかった。
 こういう、真っ直ぐなところは本当に好きだと思う。

 正直に言って、真面目に告白されたときはOKしようと思った。
元々仲の良い友達だったし、そういう始まりもいいかなって確かに思った。
 でも…口を開こうとした瞬間、脳裏に浮かんだのは彼のことだった。

 また明日、そう言った時のあの笑顔。
あの日は夏の始めの頃で、彼は日焼けしていて。
 彼は今、どうしているのだろうって思った。

 あの日から3ヶ月ちょっと、季節がまたうつろうとしている今、彼は?

 そしたら、口が「ごめんね」と呟いていた。

 嬉しかったけど…勇馬に「うん」と言ってあげることが出来なかった。
 
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