小話

□似非死にたがりの話
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ころしてよ、と眼前の少女は言う。



突然何を言い出すんですか、と言い切らない内に、少女は私の両の手を取って自身の首へと運んだ。


「ほら」


彼女の首は十代前半特有の細さをもっている(いや、この子は平均よりも細いのか?)。対して私の手は今までピアノを弾いてきて、何より私が男であるために大きい。

細い首と大きい手の組み合わせは、妙にアンバランスに感じた。


「はやく」


手を添えたまま固まっていた私を彼女は懇願する目つきで見ていて。
私が指を微かでも動かせば、その目は懇願のものから期待のものへと。更に動かすと私を見つめたまま、期待のものからいよいよ歓喜のものへと変わった。

少女は本気に見えて、このまま願い通りのことをすればきっと幸せなのかもしれないと、そういった考えが一瞬であるもののはっきりと私の脳裏を掠めた。




…ああ、だけど、やっぱり、





手は少女の首に添えたまま、親指で彼女の頬を撫でると、歓喜に満ちていた顔は一転してがっかりとした表情を映し出した。

絶望の表情じゃなくて良かった。


「どうして?」
案の定私に何故殺さなかったかを聞いてくる。

「『ここ』なら殺しをしても問題ないのに」
「……」

そう、『ここ』はゆめの中。少なくとも私達の言う『現実』ではない、はず。
どうせゆめだから、どんなアクシデントも現実には反映される訳がない、と。彼女はそう主張しているのだろう。


「…でもね、

 …窓付きさん」


手を首元から完全に上へと移し、少女の名前を呼びながら私はその頬を撫でる。

「私は貴方を殺したくありません」
「そんなの先生のエゴじゃない、わたしは」
「それに貴方が悲しそうにしているのに殺せる訳がない」
「え、」


やはりこの子は気付いていなかったのか。本心に、自分でも気付かない内についた嘘も、バレる時はバレる。


「私が首を絞めかけた時、貴方は悲しげな顔をしましたよ」

一瞬だけだったが。

「嘘」
「嘘じゃありませんよ、先生は見逃しません」


その一瞬を見逃す筈が無い。私は貴方の先生なのだから。





しばらく静かだった後に聞こえたのは、少女からの「馬鹿」という言葉だった。

「先生に殺してもらえたら、きっと幸せだと思ったのに」

僅かに震えた声で、少女はそう言った。

「死んだら終わりではありませんか」
「先生にわたしを終わらせてもらえるんだもの、幸せだよ」
「違いますよ。…殺されたいだなんて、嘘でもそんな悲しい事言わないでください」


死にたいなんて嘘の願望を見続けないで、生き続けたいという希望を持ってほしいから、


「一緒に生きましょう。」


ね、と彼女の頭を撫でながら言うと、少女は「考えとく」と掠れた声で呟いた。


返答はその一言だけだったが、私はそれで十分だった。








◆ ◆ ◆ ◆ ◆
途中で寄り道しまくりかけたので、なんとかこのサイズで収まって良かったです。

久々すぎるセコ窓小話でした。満足満足
(首絞めの場面ってなんかたぎる)+(先生のなでなでが見たい)+(やっぱりセコ窓は殺伐ほのぼのだよね)=この話っていうことでよろしくお願いします。
ストーリー自体ありがちですけどね。

読んでくださりありがとうございました!
 

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