□溺れる魚
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好きだと言ったら終わる恋。口にしなくても終わる恋。


満月の綺麗な夜だった。
パシャ。音をたてながら海の中でサンジは沈んでいた。浮力で浮かぶ体をもう一度海の中へと沈める。その行為を何度も繰り返す。

「何やってんだてめえ」
甲板に出て酒盛りでもしようかとしていたゾロが見付け問い掛ける。
「入水自殺」
いつものようにヘラっとした声で答える。
「俺はその手の冗談は嫌いなんだ。早く上がってこい」
そう言ったゾロの表情は、深皺を寄せて居た。
縄梯子を伝って船に戻ると待ってたのはゾロの拳だった。
「馬鹿が!てめえのそういう所が嫌いなんだよ!」
「いてぇ、馬鹿で力殴んなよ」
多分明日は顔がはれるだろうという程の痛さ。
「悪かった…。俺風呂入って寝るわ。酒飲み過ぎるなよ

それだけサンジは告げバスルームの方に歩いて行った。

湯船に浸かりながら考えるのは悔しいが、ゾロの事だった。あの時、本当に自殺したいなんて思ってなかった。ただ頭の中であいつが俺に侵食するかのように巣くってくるのは分かっていたから無駄とは思いながらもその気持ちを沈めたくてした行為。好きになった…それだけ。
まだまだ続く長旅生活でその気持ちを告げる気なんて思いもしなかった。
そもそもあいつと俺の距離で愛にも恋にもならないだろう。
湯船から上がりバスタオルで軽く拭いてから、寝床に向かう。甲板にはゾロがまだ酒を呑んでる姿が見えた。
(好き。好き。好き。)
何度言ったらあいつに伝わるのか。多分、きっと伝わることはないだろう。伝えるつもりもないが。
キッチンでそんなことを考えていると当の本人が入ってきた。
「おい、あんまり飲み過ぎるなよ。次の島までそれで保たせないとなんねえんだから」
取り敢えず酒瓶を一本だけ渡し。サンジはつまみを作り始める。毎度、放って置くと酒ばかり呑んでいるから問題だ。10分足らずで作ったとは思えない、つまみを差し出す。「それじゃな、今度は本当に寝る」
そう言って、サンジはキッチンを出て行った。


十年前、深い深い海へと落ちた。沈んで行く中恐怖と、それの正反対の居心地のよさを感じていた。そう、何処かで感じたデジャブ。自分の帰るところは、この深い海なのかもしれなかった。
寝室に入り、横になっても眠気が来ずただ目を閉じていた。そういえばとゾロに殴られた所に触れてみると右頬が少し熱を持って腫れていた。
(跡に残らなきゃいいんだけどな)
まあ、本気で殴られていれば、これだけでは済まないだろうが。




それは、ひどく穏やかな光景だった。良く晴れた陽だまりの中でゾロとルフィが甲板で話していた。会話の内容は分からないが、二人の表情から見てとれるものは幸せそうだと言う事だけ。あんな穏やかな顔…一度も自分は見た事なかった。…当たり前だ。あいつは俺の前では表情がないか。若しくは怒って機嫌が悪いから。好きだと自覚してからは少し寂しくも思ったが、それもまあ慣れてきた。だが、あの風景の中に自分が入る事がないだろうという事には胸の痛みを覚えた。
樽を抱え二人を背にサンジはその場から去った。
何処か疼く痛みを感じながら。
「なんかさぁ、ゾロとサンジくんの様子変じゃない?」
新聞を読んでいたナミが隣りのロビンに同意を得るように言う。
「変?どんな風に?」
こちらも読んでた歴史書から目を離し問う。
「なんていうか…平和でいいんだけど、毎日のようにやってた喧嘩がないのよ」
「そういえばそうよね…」
「本当に喧嘩したのかも。頬が腫れてたの何日前かしら」
「確か…三日前だと思うわ…つじつまが合いそうね…」
「何してんだか…あの二人」
ゾロと食事以外で顔を合わせてないのは何日だろう。どちらかと言えば自分の方が避けてきたのだけれど…。喧嘩することで一応コミュニケーションが取れてたんだなとぼんやりと食糧庫の整理をしながら考える。
「好き…」
呟く。小さな声で。
「ゾロ…好き…」
囁くように零れる言葉。行く当てのない言葉はどこへ行くのだろう。シャボンだまのように儚く消えて行くのだろうか。


「この前、なんで海の中なんかに居たんだよ」
久しぶりに二人だけとなったキッチンでゾロは相変わらず酒を呑んでいる。
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