小説4

□「あの人」
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「大都督殿」
 そう呼ばれるたび、呂蒙殿は微妙な表情をする。
 そのわけを、私は知っている。
「おはようございます、呂蒙殿」
 廊下を歩いていてすれ違った呂蒙殿に声をかけると、彼は弾かれたように顔を上げた。
「あ、ああ……。おはよう、陸遜」
「考え事ですか?」
「ああ、ちょっとな……」
 そう言ってこめかみに手を当てる呂蒙殿の顔色は、冴えない。きっと昨日も夜遅くまで策を練っていたのだろう。
 いつだって呂蒙殿は全力だ。
 前任者のあの人に、負けないために。
「体を壊さないでくださいよ。貴方の代わりは他にいないのですから」
 私は呂蒙殿を「大都督殿」と呼ばない。それはきっと、呂蒙殿がその呼び名を受け入れられないのと同じ理由だ。
 私の中にも呂蒙殿の中にも、いつでも、あの人の姿があるのだ。
「……呂蒙殿」
 私の言葉にもはっきりとした返事を寄越さない呂蒙殿に、思わず言葉が口を突いて出た。
「大都督である貴方が、そのような姿を周りに見せるとは何事ですか。もっとしゃきっとなさってください」
 私の言葉に、呂蒙殿が驚いたように目を見開く。
 私は、ごほん、と咳払いして付け足した。
「……と、亡き周瑜殿ならおっしゃるはずですよ」
「……陸遜」
「本当に、しっかりなさってください。貴方がその調子では、皆が不安に思います。堂々とした姿を見せるのも、大都督の務めですよ」
 微笑みを浮かべて言えば、呂蒙殿は、その言葉を反芻しているようだった。彼は少し経ってから、「……すまない」と頭を下げた。
「そのように思われていたとは、本当に、大都督失格だな。迷惑をかけてすまない、陸遜」
「いいえ、お互い様ですよ」
 それでは、と頭を下げて呂蒙殿の隣を通り過ぎる。それから、胸の中で、考えた。
 私も呂蒙殿も、あの人を越えなくてはならない。いつまでも仰ぎ見ているだけではいけないのだ。
 今は亡き、あの人。
 「見ていてください、周瑜殿」と私は呼びかけた。
(いつか、呂蒙殿と私たちで、貴方を越えてみせますから)








呂蒙と陸遜が書きたかった!^^

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