小説3

□さむけ
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 その目を見た瞬間。
 ぞくり、と寒気が背筋を走り抜けた。



 私は道を歩きながら、少し考え事をしていた。
 最近、兄が冷たい。
 どうしてか。それは薄々気付いていた。父の後継者をめぐる問題だ。父は私を大事に思ってくれている。だが兄は長子だ。兄が継ぐのか、私が継ぐのか。水面下では、専らの噂だった。
 私は、別に後継者の座など欲しくはない。詩を作っていられればそれでよい。
 兄が冷たくなってしまうのも、寂しい話だった。
 少し歩いたところで、ため息をつく。
 すると、向こうの方から話し声が聞こえた。
「ということは、この件は……」
「そうでございますね、公子」
 兄の声だ。顔を上げてそちらを見ると、そこには兄と、知らない人物が立っていた。
 誰だ?
 じっとそちらを見ていると、私に気付いた兄が、「曹植」と私の名を呼ぶ。
「どうかしたのか? そのようなところに立ち尽くして」
「いえ……」
 作り笑いを浮かべて、兄の傍らの人物を見る。すると、兄は合点が行ったようにその男を紹介した。
「この男は司馬懿。俺の部下だ」
「はあ……」
「司馬懿でございます。どうぞよろしくお願いします」
 腰を折って挨拶した男は、どこか抜け目のない色を目に湛えている。それを目にした瞬間、ぞくり、と背筋が粟立った。
 この男は、何だ?
「曹植、どうした?」
 唇を噛み締めて悪寒に耐える私に、不思議そうな顔で兄が声をかけてくる。何でもありません、と答えて、私は兄を見た。
「では、私はこれで」
「ああ」
 頷いて、兄がまた司馬懿との会話に戻る。司馬懿はこちらをちらりと見て、軽く会釈した。
 司馬懿。
 嫌な予感が頭を駆け巡る。
 あの男は、兄のためにならない――。そんな気が、した。






初対面から最悪な二人を書きたかった。

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