小説3
□どうして、
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殺気には、気付いていた。
それでも甘寧が何もしなかったのは、あえてのことだ。
「どうして」
背後から、首に刃が突き付けられる。
まだ幼さの残る声が、下の方で言った。
「どうして、蘇飛を生かした」
押し殺したような問いに、甘寧は淡々と答える。
「恩人だからだ」
「なら、」
ぷつり、と肌の切れる音がして、甘寧の首を血の玉が伝った。
「なら、どうして俺の父親を殺した……!」
殺し切れなかった激情が、声となって溢れ出す。
甘寧は動じず、ちらりと背後を見た。
「それが俺の仕事だったからだ」
「……」
「俺はお前の父親のことを詳しくは知らない。だから、殺すのにためらいを覚える必要もなかった。分かんだろ?」
頭は納得できても、心は納得できない。凌統は、歯を食いしばった。
「……なら」
「何だ」
「今俺がここでお前を殺したら、」
「やめておけ。今の俺は孫権様にとって役に立つ男だ。殺すのは勿体ない」
「……」
「何もかも合理主義でやれ。情に流されるな」
鋭い声で、甘寧は言う。一つ一つ、丁寧に。
「それができないんなら、俺が今ここで殺してやる」
首元の刀を払いのけて、護身用の短刀を取り出す。それを構えて、甘寧は続けた。
「調子に乗んなよ、餓鬼。戦の恐ろしさも知らねぇクセに、知ったように語んな」
凌統の目が、ゆらぐ。甘寧には、それだけで十分だった。
「分かったな」
言って、彼は刀をしまう。それから、呆然としている凌統を置いて歩き出した。
「それが分かって初めて一人前の男ってもんだ。よく考えとけ」
男の背中が、夕闇に消えていく。
凌統は、その背に向かって叫んだ。
「俺も、殺せよ……!」
それを拾う者は、いない。
シリアスな二人。