小説3

□壱
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 女の匂いがする。
 化粧臭い、白粧の香ではない。もっとべったりとしていて生々しい、そう、これは――

 女の血の臭いだ。



「―――――!!」

 目を覚ました男は、荒い息をしながら額の汗を拭った。
 体が重い。背がじっとりと汗ばんでおり、どうしようもないほどの不快感が全身を覆う。
 しかし、彼にとってしてみれば、そんなことは何でもなかった。
「……糞、」
 全身に未だ残る女の匂いに、彼は小さく舌打ちする。
 生々しい、血の香り。まるで紅のような、それでいて、もっと暗い。それは死臭ではない。もっと気だるい、そう、生きた女の匂いだ。首まわりに纏わりつく自分の髪が女の青白い手であるかのようにすら錯覚する。
 彼は上体を起こす。
 そして、枕元に置いていた刀に手を伸ばした。
「夢……だ」
 一種の安堵感を刀に求めるかのように呟く男。
「夢でしかない」
 纏わりつくのは死であり、生である匂い。
 女の――ねばつくほどに、不快な。
 背に、首に、全身にからみつく蛇のような腕を思い出しかけ、男は首を振る。所詮夢でしかないのだと自分に言い聞かせながら、彼は寝床を離れた。




 
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