小説3

□不法侵入注意報
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 徹夜続きの呉用の執務室。
 算盤を弾いていた蔣敬は、ふわあと大きく欠伸した。
「眠たいですね……」
「言ったら駄目です。余計に眠くなりますから」
「……それもそうですね」
 血走った余裕のない顔の呉用に制され、ごくりと唾を飲み込みながら頷いた蔣敬は、「そう言えば」と話を変えた。
「実は、僕の家の寝室が雨漏りしてるんですよ」
「雨漏りですか? この仕事が終わったら直さなくてはなりませんね」
「そうなんですけど……ほら、もうすっかり暗いじゃないですか。今からじゃとても直せないけど、今晩もあの部屋で寝るのかと思うと……」
「それは災難ですね……。と言うか、そちらはもう終わりそうですか?」
「あ、はい。これが終われば」
「そうですか、それは良かった」
「呉用殿は……」
「徹夜します」
「そうですか……」
 キッパリと言い切って筆を動かし始めた呉用だったが、居心地悪そうな蔣敬を見遣って、「それなら」と表情を和らげた。
「私の家を使いますか?」
「え!? でも……」
「どうせ、私は今晩徹夜ですから。一晩くらいなら構いませんよ」
「……いいんですか?」
「はい」
 どうぞ、と微笑む呉用は女神のような顔をしている。思わず涙を流しそうになりながら、蔣敬は頭を下げた。
「ありがとうございます、呉用殿……!」



 そして、その日の夜遅く。
 呉用の家を訪れた蔣敬は、寝室に灯りを点し……言葉を失った。
「え、あの……」
 先客がいたのだ。
 まさか呉用が徹夜せずによくなったのかと思ったが、彼が部屋を出た時点ではまだ呉用は仕事をしていた。だから、彼ではない。
 誰だ……と思いながら、蔣敬は布団を剥いだ。そして絶句した。
「……」
「むう、誰じゃ。呉用か?」
 公孫勝が、いた。
「って、なんで公孫勝殿が!?」
 信じられない展開に、蔣敬の声が裏返る。それに反応して覚醒した公孫勝は、「なんじゃ」と目をこすりながら上体を起こした。
「蔣敬か、何用じゃ?」
「いや、むしろ公孫勝殿がなんでここに!?」
「儂は人の体温が傍にないと眠れないんじゃ」
「不法侵入ですよね!?」
「気にするな」
「しますよ! 出て行ってください!」
「嫌じゃ」
「あのですね……」
「むう……そうか、蔣敬も冷たいのか」
 僅かに寂しそうな顔をしながら、膝を抱き寄せる公孫勝。その子供じみた外見に相応しい動作に騙された蔣敬は、知らず知らずのうちに罪悪感を覚えていた。
「他にも誰かのところへ?」
「優しかったのは宋江だけじゃ……」
「宋江殿のところにも行ったんですか……」
「晁蓋は、無言で儂の頭を殴ったし……魯智深は気にせんかったが、奴の寝相が悪過ぎて押しつぶされかけたわ……」
「それは、自業自得では……?」
「史進は無言で儂を寝台から落とした」
「ああ……」
「林冲に至っては……」
「は?」
「無言で窓から儂を投げた!」
「それはひどい!」
「しかも無表情じゃった!」
「容易に想像できますね!」
 何の感慨もなく実行に移した林冲の姿が、ありありと蔣敬の脳裏に再現される。彼なら十分にやりそうだ。
「妻のある者の家には、さすがに行けんからな……」
「……ですよね」
「というわけで、呉用のところに来たわけじゃが……何故蔣敬が?」
「呉用殿は今日も徹夜ですよ。僕は自宅が雨漏りしてるんです」
「それは難儀なことじゃなあ」
「そうなんですよ」
 はあ、とため息をついて、「でも」と蔣敬は言葉を続けた。
「僕は椅子で寝ようと思います。公孫勝殿は寝台を使ってください」
「え!? いやしかし、儂は傍に人がおらんと……」
「今日ちょっと徹夜続きで疲れてるから、これ以上喋っていたくないんです」
 言いながら、寝台に横になる蔣敬。手にはマイ枕とマイ毛布を持参している。
「おやすみなさい、公孫勝殿」
「って、寝るなー! 寝るな蔣敬―!」
 寝台から這い降りた公孫勝が蔣敬の体を必死で揺すったが、時既に遅し。日頃の徹夜ですっかり疲れ果てた蔣敬は、十秒後には夢の中であった。
「この、愚か者――!!!!!」
 公孫勝の悲鳴は隣近所まで響き、結果的に、呉用に苦情が寄せられたらしい。








10000打リクエスト「梁山泊の日常でほのぼのかギャグ」でした!
公孫勝は他人がいられないと寝られない子です。何歳なのかは不明。

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