小説3

□どうしようもなく、好きなんです
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 腐女子というのは、自分の好きな相手を受けにしたがる傾向があるらしい。でも私はそれに外れている。私が好きなのは夏候惇将軍。でも、私が書くのは夏候惇将軍×曹操様。それが王道だからとか、そういう理由だってある。
 でも、最近気が付いた。
 私は、曹操様に命を捧げる夏候惇将軍のことが好きなのだ。
 ただ、それだけのこと。
「……久しいな、蔡文姫」
「ああ、夏候惇将軍」
 とんとん、と戸を叩かれて、慌てて書きかけの詩をしまい込む。振り向くと、そこには夏候惇将軍の長身があった。ここは天界だから、下界にいるときの軍服は身に着けておられない。とても似合っていたのに、少し、残念だ。
「どうなされました? 大した用事もなくいらっしゃったのですか?」
「いや、るきあ殿とみるく殿の使いだ。新作を読みたいと」
「……分かりましたわ」
「あと、自由に下界に来れるなら、今度一緒に行きたいところがあるそうだ。なんでも、『なつこみ』とか言っていたが……」
「是非お供しますとお伝えください」
 顔も見ずに、夏候惇将軍に巻物を渡す。彼はこの中身を見ていない。だからこそ、こうして接してくれるのだろう。
 優しい、人。
 私が書いた物のせいで自分の主が傷付いたというのに、この人は決して私を責めたりしない。どころか、こうして時折尋ねて来てくれさえもする。
 本当に、優しい、人。
「……蔡文姫、調子が悪いのか?」
「いいえ、」
 ああ、こちらを見ないで。涙がこぼれてしまうから。
「貴方の顔、今日は見たくありませんわ。お帰りになってください」
 こんなことしか言えぬ、あまのじゃくな私を許してください。
 こんなものを書いていても、本当は、夏候惇将軍のことが好きで好きで仕方がない。こちらを、もっと見てほしい。
 曹操様でなくて、私だけを見てほしい。
 私が書く曹操様に投影されているのは、他ならぬ、私自身だ。
「……蔡文姫」
「お帰りになって」
「分かった」
 頷いて、夏候惇将軍が私から離れる。近くに感じていた体温が名残惜しいだなんて、そんなの、気のせいであってほしい。
「孟徳がな、前回の礼をし忘れたと気にしていた」
「……そうですか」
「だから、下界で『けーき』とやらを作って来た。初めて作ったから味に自信はないが、気が向いたら食してくれ」
「作った……? 夏候惇将軍が……?」
「ああ。一番心が伝わるのは手作りだと、みるく殿に言われてな」
 だからこれ、と無骨な手が白い箱を文机に置く。顔を上げたときには、彼はもう歩き出していた。
「それでは、蔡文姫」
「……あのっ、夏候惇将軍!」
「何だ?」
 振り向いた彼の、優しげな片目が愛おしい。たとえその身が誰のためにあるのだとしても、『けーき』を作る一瞬だけは、私のことだけ考えてくださっていたのだから。
「……ありがとう、ございます」
 今回だって、「礼など要らぬ」と言う曹操様に内緒で、こっそりと作られたのだろう。
 ああ、本当に、優しい人。
 そんな、誰にでも優しい貴方のことが、
「……好き、です」
 去って行ってしまった将軍の後姿に、そう、ぽつりと呟いた。
 貴方はまだ、いいえずっと、私の気持ちを知らなくていい。だから、いつまでも、曹操様に忠実で、そして皆に優しい、そんな、私の好きな貴方でいて。








夏候惇←蔡文姫が可愛過ぎてもだもだします。恋する蔡文姫かわいい!

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