小説3

□好漢たちはお酒がお好き
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※そろばんっ子の名前漢字の関係上、パソコンからの閲覧をお勧めします。





「呉用殿――――――!」
 叫びながら戸を引き開けた蔣敬は、そこに広がっていた光景に、しばし呆然となった。
「おや、蔣敬」
「宋江殿……何故ここに……?」
「おうっ、蔣敬か! お前も飲むか?」
「魯智深殿まで……って言うか酒臭っ」
 思わず袖で鼻を覆いながら、注意深く室内の様子を観察する蔣敬。調度品から見ても間違いはない、ここは呉用の執務室だ。だが、そこが宴会場と化しているのは、一体どういうことだろう。
「実は、呉用の仕事が終わったみたいだから、お祝いに酒盛りしてるんだよ」
 おっとりとした仕草で杯を上げながら、ぐいっと宋江が酒を煽る。蔣敬は頭がくらくらした。
「それで、肝心の呉用殿は……」
 蒋敬も、何も用事もなくこの部屋に来たのではない。最近の出費額を計算した結果が出たので、その報告に呉用の執務室までやって来たのだ。……まさかこんなことになっていようとは、思いもしなかったが。
「そこだよ」
 ほら、と宋江が指差した先を見て、今度こそ本当に蔣敬は絶句する。
「呉用殿!?」
 そこにいたのは、紛れもない呉用だ。しかし、いつもとは少しばかり様子が違っていた。
「大体ですね、晁蓋様! 貴方は頭領なのですから、もう少し大人しくなさってください! 何かあったらどうなさるおつもりですか!」
「何もないようにするのがお前の仕事だろ?」
「それはそうですけど、毒殺や暗殺は防ぎようもないでしょう!? そんなことも分からないんですか!? 貴方の脳は筋肉ででもできているんですか、この大馬鹿!」
「成程、それは思いもしなかった」
「この馬鹿、一回馬に牽き殺されてしまえばいいんです!」
「……さっきまで言っていたことと矛盾しているぞ? 大丈夫か?」
「私の心配をするのは、口で私に勝てるようになってからにしてからになさってください。このすっからかん!」
 完全に、酔っている。
 しかもただ酔っているのではない。説教癖が前面に押し出された、絡み酒である。一方の晁蓋は酒に強いのか、ケロッとした顔で呉用の怒りをいなしていた。いつもとは真逆の様子だ。
「あの、晁蓋殿……」
「ああ蔣敬、今の呉用に近付くのは危険だぞ。普段溜めているからか、こういうときに爆発するんだ」
「大半は晁蓋殿によるストレスだからね、頼んだよ、晁蓋殿」
「まったく、こいつの面倒を見てばかりで、ろくに酒も飲めやしない」
「そうおっしゃるのでしたら、何処かへお行きなさったらよいのでは? 私は構いませんよ?」
「拗ねるなよ、呉用」
 最早何が何だか分からない。立ちくらみを覚えた蔣敬が座り込むと、その頭にどしりと酒瓶が載せられた。
「どうだ蔣敬、飲まないか?」
「魯智深殿……」
「折角の誘いを断るほど、お前も馬鹿じゃないだろ?」
「いえ、でも僕はまだ仕事が……」
「そんなん別にいいだろ! どうせ呉用もべろんべろんだし、今日くらい休め!」
 ほれほれ、と押し付けられる酒瓶に、蔣敬の頭が揺れる。二晩徹夜続きの頭には、限界だった。
「……魯智深殿」
「ん、なんだ?」
「僕は絶対に飲みませんから!」
 音にするなら、がつん、という鈍い音。
 驚いた皆がそちらを見る。
「え……?」
 すると、そこには倒れた魯智深と、真っ二つになった算盤が転がっていた。
「僕は……僕は、お酒なんて飲みませんからね!」
 室内にいる一同の視線を受け、涙目の蔣敬が、半ば絶叫しながらそう宣言する。
「……蔣敬の何処にあんな力が」
 胸倉を掴んでくる呉用をいなしていた晁蓋はそう呟き、
「魯智深殿の自業自得ですね」
 相変わらず酒を煽っていた宋江は、ニコニコ笑いながらそう口にした。









ずっと書きたかったネタ。追い詰められた文官は強いです。

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