小説3

□結婚騒動・壱
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「権」
 いつになく真剣な顔で兄――孫策に名前を呼ばれて、孫権はごくりと息を呑んだ。
「俺さ……結婚しようと思うんだ」
 どう思う?と視線で訊かれて、孫権はおずおずと口を開く。
「結婚って……義姉上と結婚してからまだ何年も経ってないのに早すぎませんか、兄上?」
「いや、それは大丈夫だ。大喬からはもう許可を取ってある」
「あ、そうなんですか」
「だが、それ以外の人間に言うのはこれが初めてだ。大事な話だから、一番に権に聴いてもらおうと思ってな」
「でも……初めて妻をもらうわけでもなし、そう気にすることはないのでは?」
 もっとも……と孫権は思う。相手が極貧の娘だったり、政略結婚だったりするなら話は別だ。孫策の結婚は、彼が抱える全ての人間の運命を左右することになる。
「兄上、その相手というのは……」
 真面目な顔で孫権が尋ねると、孫策は急にふっと笑って、「権」と孫権の頭に手を置いた。
「俺は、そいつのことが本当に好きなんだ。好きで好きで、仕方がないんだ」
 言いながら、緩やかに孫権の頭を撫でる孫策。どういうことだと思う孫権に、手を離した孫策は言う。
「だから、権……反対は、しないでくれ」
「兄上……」
「お前に反対されたら、俺はどうすればいいか分からなくなる」
 なあ、と笑った孫策の表情は、どこかさびしげだった。だが、そこは孫権も見逃せない。
「残念ながら兄上、私はそれに頷くことができません。貴方の腕には、たくさんの人間の命が抱えられているのですから」
「そうか……」
「どのような方なのですか?」
 とはいえ、孫権もそこまで口うるさく言うつもりはない。突然の告白にやや面食らってはいるものの、基本的には兄の幸せを願っているのだ。余程のことでもない限り、反対するつもりはない。
 顎に手を当てた孫策は、「そうだな……」と宙を見た。
「びっくりするくらい美人だ」
「はあ」
「そのうえに、頭も切れる」
「そのような方が、この地に……?」
「腕も立つ。まあ、俺の方が強いがな」
「失礼ですが、兄上……」
「お前もよく知ってる奴だ」
「すみません、そのような女人、皆目見当もつかないのですが……」
 額を抑える孫権に、孫策はきょとんとした顔をしてから、「ああ」と微笑んだ。
「女じゃない」
「は?」
「公瑾だよ、権。――俺は公瑾と結婚しようと思う」
「は、はああああああああ!?」
 一瞬硬直した後、孫権は思いっきり腹の底から叫び声を上げた。
「兄上!? 気は確かですか!? 周兄は男ですよ!?」
「だから言っただろ、女じゃないって」
「いや確かに言いましたけど……でも、それって……」
 混乱のあまり、孫権は何を言えばいいのか組み立てることができない。そんな弟の様子を見ていた孫策は、「権」と静かに彼の肩に手を置いた。
「俺は本気だ」
「兄上」
「俺は本気で、公瑾と結婚しようと思う」
「ですが……」
「男同志じゃ結婚できないなんて誰が決めた? 誰も決めていないだろう?」
 それは暗黙の了解なのだと言おうとして、孫権はぐっと押し黙る。兄の顔は、真剣だった。
「権、俺は公瑾のことが好きなんだ。どうしようもないほどに」
「兄上……いつからですか?」
「いつからだろうな。ずっと前から好きだった。言葉にしたのは、再会してからだ」
「どうして、私に秘密に……」
「言えなかったんだよ。公瑾が言いたがらなかったんだ。誰かから広まったら困るって……。ほら、あいつ、心配症だろ?」
「ですが、だからと言って私にも言わないのは……」
「察してくれ、権」
 ごめんな、と呟いて、孫策は目を伏せた。
 それを見ながら、でも、と孫権は思う。
 考えてみれば、周瑜が孫家の屋敷に泊まるときは、孫権ですら立ち入れないことがあった。それだけではない。孫家に泊まって帰るときの周瑜は、どこか気だるげであったことも……。
「……本当なのですね、兄上」
 唇を噛みながら俯き、孫権は呟く。
「やっぱり気持ち悪いと思うか、権?」
 孫策に訊かれて、いいえ、と孫権は答えた。
「思いません」
「……そうか」
「驚きはしましたけど、でも……反対は、しません。兄上と周兄が話し合って決めたことですから」
「そうか」
 孫権の頭にもう一度手を置いて、くしゃり、と孫策は笑った。
「ありがとう、権」
 そんな兄を見て、孫権も笑う。それから、意地悪く訊いた。
「それで、張鉱たちをどうやって説き伏せるつもりですか?」
 孫策は、やられた、と言いたげな顔をする。
「そこなんだよな……。どうすればいいと思う?」
「兄上と周兄のことですから、良い作戦を考えついているのでしょう?」
「いや、こればっかりはな……」
 言い淀む孫策を、「兄上」と孫権は見た。
「周兄を、幸せにしてくださいね」
「勿論」
 そう答えて、孫策はにっこりと笑った。
「これ以上ないってくらい、幸せにしてやるさ」







突発的に書いてみた!

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