小説2

□蝶よ花よ、お前は蝶より美しい
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「公瑾!」
 字を呼ばれて振り向いた周瑜は、そこにいた孫策の楽しげな表情に、大きな目をパチクリとさせた。
「伯符……?」
 そして、彼が手にしていたものを見て、「なんだ」と肩から力を抜く。
「毛虫か」
 すると、それが気に入らなかったのか、孫策が気落ちしたように肩を落としたので、くすり、と周瑜は笑みを洩らした。
「なんだ、私が怖がるとでも思ったか?」
「……思った。お前、周家の坊ちゃんだし」
「昔から遠乗りで森を駆けているから、それくらい見慣れている」
「なーんだ」
 チッと舌打ちした孫策の顔が、周瑜には幼く感じられて眩しい。感情を率直に表すことに躊躇いを持たない彼のことが、周瑜は少し羨ましかった。
 周瑜は美しい。幼い頃も今も、女性と間違われるほどだ。
 でも、だからこそ、このような反応をされることには慣れていると言っても過言ではなかった。
 周瑜の美貌を目にした相手は大抵、周瑜の精神構造をも女性に近いと考えて、こうした悪戯をしかけようとする。だが、周瑜は顔こそ女性のようであれ、中身は立派に周家の跡取り息子だ。このようなことで右往左往するほど、気が弱くはない。
「面白くないか?」
 周瑜が尋ねると、「そんなでも」と予想外の返事を孫策は寄越した。
「お前をびっくりさせられなかったのは残念だけど、こうやって一緒に散歩するのは楽しいし」
「そうか」
 散歩、という表現は正しくはない。さっきまでは、近くで剣の手合わせをしていたところである。自分と剣を交わす相手が虫に怯えるような奴なんてそれはそれで嫌だろう、と思いながら、周瑜は笑みを浮かべる。
「私も楽しいよ、孫策」
 春先の森の中には、様々な生き物が生息している。孫策と外出する時くらいしかこうして自由になれない周瑜にしてみれば、歩いているだけでも楽しくて仕方がない。
「そうだ、そう言えば……」
 彼が思いついたことを口にしようとすると、「しーっ」と孫策が口に手を当てた。
「公瑾、髪に蝶」
「え?」
 言われたことに驚いて見上げようとするが、丁度頭の上に留まっているようでよく見えない。困ったな、と顔を顰めると、「そんな顔すんなよ」と目を輝かせながら孫策が言った。
「公瑾、似合うな」
「……そうか」
 それもよく言われることだ。だが、毛虫が大丈夫なことに驚かれることよりも、どちらかと言えばこちらの方が周瑜は好きでない。
 蝶が似合う。
 男子として、周家の跡取り息子としてそれはどうなのだと、彼は本気で思う。
 しかも、言う側も無邪気に――心の底から褒めているのだからたちが悪い。今の孫策のように見惚れながら言われると、蝶を払うことすらできない。
 しばらくそのまま立ち上がっていると、ふわり、と髪が揺れた気がした。
「あ……」
「行っちまったな、蝶」
 指差されて、視線でその先を追う。飛んでいるのは白い蝶で、周瑜はゆっくりと目を細めた。蝶を目で追う孫策は、見るからに残念そうな顔をしている。
「そんなに似合っていたか、伯符」
「絵に描いたみたいだった」
「……私はそう言われることがあまり好きではないんだ」
「え!?」
「でも、君だから許す」
 蝶よ花よと、まるで女性のように褒められる。才知や武と同じ水準で褒められるのだから、一体どれが優れていてどれが劣っているのやら、時々分からなくなってしまう。相手に悪気はないと分かっている。だが、周瑜にとってみれば、それは喜び難いことだ。それを口にして、尚且つ許せてしまうのは、親友である孫策が相手だからこそだろう。
「……ごめんな、公瑾」
「謝るなよ、伯符」
 いいんだ、と周瑜が言葉を重ねると、「でも」と孫策は顔を上げて周瑜の髪に触れた。
「髪飾りみたいだった。ここにいたんだ」
「……伯符?」
「花のようだって、みんなそう言うんだろ?」
「ああ……」
 いつも続けられる褒め言葉を当てられて、面食らいながら周瑜は頷く。すると、孫策はにっこり笑って髪から手を離した。
「蝶より花より、お前の方が綺麗だ」
「え?」
「ただ綺麗なだけじゃないって、余計綺麗だろ?」
 よく分からない理論でそう納得させて、「公瑾」と孫策は周瑜の手を引く。
「それならお前も嫌じゃないだろ?」
 よく分からないが、とりあえず恥ずかしいことを言われたのだとだけ理解しながら、「……ああ」と周瑜は俯いた。
「そうだな」
 恥ずかしい。だが、不思議と嫌ではなかった。









孫策が後を継ぐ前。つまりまだ十代半ば。しかも付き合ってない。二人とも無意識。
うちの孫策はサラッと周瑜を褒める人。よく分からないけどそれを嬉しいとか思っちゃうのが周瑜。
周瑜が自分の美貌にコンプレックスを持っていたらいいな、という妄想。孫策も十分美形なんだけどね……!
初っ端からBLさせる自分の精神構造が本気で心配です。

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