小説2

□これならば、良い
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※曹操死ネタ






 死んでたまるものかと、いつも思っていた。
 甥を死なせて戦場から生き延びた時も、許楮に救われた時も。抱いていたのは、いつもそんな思いだった。
 そうでも思わなければ、生きて行けなかったからだ。
 私一人の大望のために、多くの人間を死なせた。それを駒として扱えるほど、私は冷酷な人間ではなかった。私がそのような人間だったなら、誰もここまで付いては来なかっただろう。
 けれど、潰れるわけにも行かなかった。
 だから、受け入れる道を選んだ。
 他に方法はなかったのか? あったかもしれない。だが、私はその道を選ばなかった。あの者たちが死んだのは、私の責任だ。それに間違いはない。だが、だからと言って、私が死んでどうなる? 何も変わりはしない。だから私は生きるのだ。私を生かしてくれた者たちの、生を背負って。
 そう、思っていた。
 だから、本当はもしかしたら、いつ死んでもよかったのかもしれぬ。待望さえ果たせれば、後悔はないのだから。
 でも、死にたくはないと思ってしまった。
 曹丕に後を任せるのが、不安だった。曹丕は英雄ではない。私はそれを分かっていた。だから、せめてこの国土を統一するまでは私がおらねばならぬと、そう感じたのだ。確かに、英雄の多くが死んだ。だが、まだ生きている者もたくさんいたのだ。その者たちより先に、死ぬわけにはいかなかった。
 魏には、英雄はいない。私はそれを知っていた。
 ただ一人、異質な――そう、時が時なら英雄となっていたであろう男は、いた。司馬懿仲達。だが、あの男は危険だ。私の本能がそう告げていた。潰さねば、今に劉備と同じかそれ以上の強敵になる。その胸には確かに、かつての私が抱いたものとよく似た、野望があったのだ。
 だが、潰すだけの勇気が、私はなかった。
 老いたのかもしれぬ。あるいは、魏という形ができて安心したのかもしれぬ。とにかく、私は、その男を曹丕に付ける道を選んだ。
 もしかしたら、それこそ。
 私は、曹丕の代わりにあの男を選んだのかもしれぬ。
 乱世の終息という、天下太平という、大望を託す相手に。
「殿……!」
 ぼんやりとした視界を開けば、隻眼を見開いて私の名を呼ぶ男の姿があった。
 夏候惇――元譲。
「お前、か……」
 ああ、そうだ。
 英雄では確かになかったかもしれぬが、この男は、確かにいつも私を支えていた。
 いや、この男だけではない。
「もう、終わりかのう……」
 英雄はいなかった。だが、優れた者はたくさん私の元にいた。
 その者たちを皆併せて、果たして英雄に届かぬことがあるだろうか?
 いいや、ない。
 そのようなことは、ないのだ。
「そのようなことは……!」
「元譲、後を頼んだぞ。曹丕を……そして、司馬懿を見張れ」
「……はっ」
「あの男には……確かに、英雄の、才がある」
 私は知っていた。英雄がおらずとも、英雄と渡り合う方法を。だからそれを選んだのだ。
 そのようなことにも気付かぬとは、なんと、私は莫迦者なのだろう。
「……孟徳」
 このような場にしては珍しく――いや、このような場だからこそ私の名を呼んだ元譲は、隻眼を歪めて、拳を握った。
「お前こそ……英雄だ……!」
 安世の奸臣、乱世の英雄。そんな言葉が脳裏を過ぎる。
 私は、ふっと笑みを浮かべた。
「そうか……なら、良かった」
 そうだ、私は英雄だったのだ。
 私が英雄だったからこそ、皆は私を選んだのだ。
 ああ、今になって気付いた。
 劉備など恐れる必要は、何処にもなかったのだ。
「さらばだ、……」
 へばりついた瞼の裏で、英雄たちの顔が流れ落ちていく。幾つもの見慣れた顔に、私は心地良さを覚えた。


 ああ、このように穏やかに逝けるのだ、死など何も恐れることはなかったではないか。











曹操様が好き過ぎて、宮城谷版でも北方版でも泣いた。
魏に英雄らしい英雄が残らなかったのは、つまり……という半ば妄想。
曹操様こそが紛れもない英雄だったんだよ!
死に際には曹丕とかもいたはずなんだが、フレームアウトしてもらいました。ちゃんとそこらにいます。

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