小説2

□素敵な涼しさをお与えします
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「外は暑いですね……」
 真夏の図書室にはクーラーが利いている。だが、外から入って来たばかりの人間は、しばらくの間外の暑さを引き摺る。
 まさにその状態にある姫璃は、ぐったりと椅子に倒れ込んだ。
「本当に嫌ですよね、夏って……」
「そんなに暑いのにわざわざ図書館まで登校してくるのが姫ちゃんだよね〜」
 向かいの席でその様子を見守っていた白美が、楽しそうにうふふと笑う。だって、と姫璃は主張した。
「学校の図書館にしかない本ってあるじゃないですか!」
「うんうん、それ分かるよ〜。わたしもそのために来たんだもん」
 ほら、と持っていた本を広げ、白美は眉を下げる。
「地域の図書館とかって、意外と近代文学がないんだよね〜。あっても全集とかで重くて持って帰れないし、閉架にある場合は予約出さなきゃいけないし」
「何読んでるんですか?」
「じゃーん! ちくま日本文学の『澁澤龍彦』!」
「……一気に涼しくなれそうですね」
「でも、澁澤って意外と怖くないんだよ? 姫ちゃんも読んでみたら?」
「うーん、確かに気になるけど読んだことないんですよね……。今度読んでみます」
「ちくま日本文学は良いよ〜、色々入ってるし」
「ああ、分かります! 私もちくま日本文学にはお世話になってるんです!」
 一冊でたくさん読めるのが良いですよね、姫璃の頬が緩む。
「それで面白かったら、今度はその人の全集に手を出せば良いし」
「そうそう。姫ちゃんは誰の読んだの?」
「えっと……内田百間とか」
「百間はわたしも呼んだよ〜。あの、美味しかった物を並べて描いてあるのがね、読んでると食べたくなるの」
「後半は私小説中心でしたっけ? 私は前半の気持ち悪い創作の方が好きです。『件』、とか。あれを初めて読んだのは『小川洋子の偏愛短篇集』だったんですけどね」
「私的には、あと中島敦がお勧めかな〜」
「中島敦は私も読みましたよ! 良いですよね」
「『李陵』が一番有名だけど、個人的には『弟子』かな〜。『山月記』を教科書で読んで惚れたの」
「私もです! あと、東南アジアの話みたいに書いてる話も好きなんです」
 意外と近代文学に手を出している者同士、共通の話題に花が咲く。すると、丁度生徒会室から休憩に来たばかりの透夜が、ひょこりと顔を出して言った。
「中島敦と聴こえたんだが……」
「あ、部長くん」
「今丁度近代文学の話をしてたところなんです。百間とか渋澤とか出たんですけど」
 姫璃の説明に、透夜の目が光る。
「夏に読む近代文学と言えば、重要な人物を忘れているな」
「え?」
「誰ですか?」
 顔を見合せ、教えてくれとせがむ二人。透夜は指を突きつけた。
「泉鏡花だ!」
「あ、成程!」
 パシン、と手を叩いたのは姫璃。白美はキョトンとした顔をしている。
「誰?」
「怪談っぽい小説を書いている人ですよ。いや、怪談というより、怪奇幻想っていうか……」
「グロテスクさがない怪談、だな。百万ならハマるんじゃないか?」
「本当!? ちくまに入ってる?」
「入ってますよ、確か」
「俺的には『外科室』がお勧めだな」
「確かに『外科室』も良いですけど、やっぱ『高野聖』ですよ! 初めて泉鏡花を読むならあれから読むべきですね」
「『高野聖』は……エロいな」
「エロいですね」
「え、そうなの? 気になる気になる〜。借りて帰ろうかな〜」
 我慢できないと言いたげに立ち上がった白美が、ちくま日本文学が並んでいる棚へいそいそと寄って行く。そして、お目当ての本を見つけると、バッと掴んで掲げた。
「ゲットだぜ!」
 そのテンションのまま貸出手続きに来た白美に、今までの会話を聴きつつ読書していた真紅が苦笑して言う。
「えらくテンションが高いな、今日の百万は」
「面白い本をお勧めしてもらえたら嬉しいじゃないですか〜!」
「確かにな。よし、手続き完了」
「ありがとうございます〜」
 ふわふわと花を散らしながら、白美は元の席へ戻る。と思ったら、真紅も本を閉じて立ち上がり、三人が固まる場所へと歩いて来た。
「楽しそうだな。入れてもらっていいか?」
「勿論ですよ」
 姫璃が即答し、早速真紅が持っていた本の表紙を確認する。
「何読んでるんですか? って、綾辻じゃないですか!」
 ナイスタイミング、と声を上げる姫璃に、真紅はにこにこと答える。
「暑いからな。綾辻のホラーでも読もうと思ったんだ」
「『眼球綺譚』……ですか」
 いかにもなタイトルですね、と透夜に言われ、真紅は頷く。
「ああ。それほどスプラッタじゃないが、それでもグロテスクではあるな。ゾッとすると思うぞ」
「私、この作品は初めて存在を知りました。綾辻のホラーと言えば、私的には『深泥丘綺譚』のイメージがあって」
「俺はそっちは読んだことがないな」
「同じ『綺譚』でも、大分違うと思いますよ。『深泥丘』の方は、心理的ホラーですから。幽霊も妖怪も出ないんですけど、分からないことの怖さっていうか。主人公以外の人はみんな知っていることが、主人公だけには分からないんです。こっちは主人公視点で読むから、その気持ち悪さがリアルに感じられるって言うか……」
 よほど好きらしく熱を込めて語った姫璃は、「て言うか」と微笑んだ。
「最近の綾辻のホラーといえば、『Another』があるじゃないですか! 真紅先生は当然既読済みですよね?」
「発売日当日に買ったな」
「さすが真紅先生」
 パチパチと姫璃に手を叩かれ、真紅は残る二人へ説明した。
「『Another』は、ホラーとミステリーの融合作なんだ。ある田舎の中学校で、数年に一回惨劇が起きるという……」
「一人増えてる系ですよ。数年に一度、その学校の3−3では机が一つ足りなくなるんです。生徒数と同じ数あるはずなのに」
「そして、その机が一つ足りない教室では、生徒やその家族がだんだんと死んでいく。増えた一人とは一体誰なんだ? それを推理しながら読んでいくとミステリーになる」
「ちょっと小野不由美っぽいですよね。夫婦だから?」
「ぽいか?」
「ぽいですよ。いや、偶然かもしれないんですけど、小野不由美の『くらのかみ』も一人増える系なので……」
「小野不由美と言えば」
 二人の会話の中から気になる単語を拾い上げ、透夜が話題に参入する。
「『屍鬼』だな」
「『屍鬼』ですね」
「わたしも読んだよ〜、『屍鬼』は。アニメ見てて気になって気になって、ついつい図書館で借りて一気読みしちゃった」
「一気読みしたくもなりますよ! アニメで見てると毎回次の週が待ち遠しくて堪らなくなりますもん」
「あれは怖いというより、展開が気になる話だな」
 うんうん、と頷き合う姫璃、白美、透夜。アニメを見ていない真紅の頭からは?マークが飛んでいる。
 慌てて白美が話題転換した。
「でも、やっぱりホラー×ミステリーといえば京極じゃない?」
「ああ、すっかり忘れてました。あんなに大きい存在なのに」
「『幽談』がね、すっごい良いよ〜。気持ち悪い感じ。心理的に気持ち悪いの」
「私たち、心理的に気持ち悪いの好きですよね……」
「心理的に気持ち悪いと言えば、ポーの『黒猫』も気持ち悪いな」
「俺、ポーは読んだことないんですよ。今度読んでみます」
「ホラーもミステリーも書いてる人、多いですよね」
 しみじみと頷く姫璃。それでから、「ミステリーは関係ないんですけど」と言葉を続けた。
「『センチメンタル・ゴースト・ペイン』っていう話があって、これはお勧めですよ」
「どんなの?」
「俺も知らないな」
「主人公には兄の幽霊が見えるんですけど、その幽霊は主人公のことを溺愛していて……っていう話です」
「おお、姫ちゃんが好き系な話だね」
「どんでん返しありですよ! プッシュします」
 グッと拳を握る姫璃に対抗して、白美も「そうだ!」と机を叩いた。
「『おじゃみ』! これ面白いよ、絶対気に入るから読んで!」
「どんな話だ?」
「京都が舞台の怪談小説です。短編集で、色々な話が入ってますよ〜。ぞくぞくして良いです。心理的にくる系です」
「へえ……今度読んでみるか」
「それ確か『幽』のですよね? 『遊郭のはなし』も『幽』じゃなかったかと」
「そう! わたし『幽』好きなんだよね〜。最初は京極狙いだったんだけど」
 頬を染め、白美が体をくねらせる。メモを取りながら聴いていた透夜は、「よし」と立ち上がった。
「借りれるだけ借りて帰ろう」
「さすが部長さん!」
「元々『四谷怪談』を借りて帰るつもりだったんだ。ホラーばかり借りても良いだろう」
「夏ですねー、『四谷怪談』」
 あれもう一度読もうかな、などと言いながら、姫璃も本を物色しに立ち上がる。
 残った真紅は、同じく座ったままの白美に苦笑しながら言った。
「夏だからホラーを、ってきっかけのはずなのに、結局語りまくって暑いままだな」
「読書家は年中燃えてるんですよ〜」
 うふふと答えた白美も、早速読み出そうと泉鏡花に視線を落とす。真紅も立ち上がり、皆にレモネードでもいれてやろうと司書室へ向かった。







夏ということでホラー小説を紹介しようと思ったら近代文学が紛れ込んできた罠^^
書き終わってから「道尾入れればよかった!」とか色々後悔しましたが、わりと気に入ってます。
皆さんの読書の参考になりますように!

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