小説2

□乙女世界
1ページ/1ページ



「真鶴さん、乙女世界読んでるんですか!?」
 珈琲を運んできたおかなさんに驚いた顔で言われて、僕は本から顔を上げた。
「やっぱり珍しいかな?」
「珍しい、と思いますよ。最新号ですよね、それ」
「丸善で買ったんだ」
「鄙村画伯の絵、素敵ですねぇ……」
「読み終えたら貸そうか?」
「いいんですか!?」
「いいよ、減るもんじゃなし」
 僕たちの界隈で本の貸し借りは普通だ。極貧から成金まで幅広い僕たちだけど、お金は持っていない連中の方が多い。当然、本は貸し借りになる。僕は物惜しみする方だけど、人からものを借りまくるので、貸すのは当たり前だ。
「じゃあ、仕事が終わるまで待ってるよ」
「あ、ありがとうございます! あっ、いらっしゃいませ〜」
 満面の笑みで礼を言うと、新しい客を迎えにおかなちゃんは駆けて行った。腰のリボンがひらりと舞うのが好ましい。
 しばらくおかなちゃんを見守っていると、その脇をするりと抜けて入ってきた慧が、こちらへ歩いてきた。
「『乙女世界』なんて読んでる男はお前くらいだぞ、鶴」
「失敬な。大文豪花街さんが数号前まで連載をしていたから、その頃から男性読者も増えているんだぞ」
「じゃあ訂正だ。それを外で堂々と読むのはお前くらいだな」
「それは否定しない」
「まあ、お前は三分の一くらい女だから、合うんだろうな」
「自分でもそう思うよ。このロマンティックな文体と装飾過多なところがたまらないんだ」
「師匠が見たら何というか」
「師匠には内緒だよ」
 目だけで微笑みあって、僕はまた文字に目を落とす。隣で慧も何かを読み始めた。
 この時間がたまらなく愛をしゐのです、この優雅で甘い止まったやうな時間が、
 などと『乙女世界』の文体で呟き、僕はひそかに笑った。








久々に銘治。楽しい。
おかなちゃんはカッフェ「ろまん」で働く女給さん、皆のアイドルです。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ