小説2

□返事をして、振り向いて、名前を呼んで、笑って、どうか、あなた
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 目を開けたら、知らない街の中に立っていた。
「ここ、は?」
 見回すが、どこか見覚えのあるような景色は、しかし彼――馬岱の知るどの街とも違う。
 ここは何処だろう。
 疑問に思った馬岱は、とりあえず、街の中を回ってみることにした。自分が普段着に剣を佩いていることも確認する。
 馬岱がしばらくそこらを見て回ったところで、人混みの中から、聞き知った声が聞こえてきた。
「あら、馬岱殿じゃありませんこと?」
 特徴的な言葉遣いは、一度聞けば忘れるわけがない。
「丞相……?」
 そんな、まさか。彼はもう何年も前に死んだはずだ。
 半信半疑で馬岱がそちらを向けば、そこには、生前と何ら変わりない孔明の姿があった。
「丞相、何故ここに……!?」
 勢い込んで馬岱が尋ねると、羽扇をゆらりと揺らした孔明は、「貴方こそ」と目を細める。
「もしかして、馬岱、貴方、死んだのですか?」
 問われて、「え?」と馬岱は訊き返した。
「今なんと……」
「ふむ、自分でも分かっていないのですね」
 成程、と頷くと、孔明は馬岱にびしりと羽扇を突き付けた。
「馬岱殿、貴方は死んだのです」
「……死んだ? じゃあ何故私はここに……」
「わたくしがいるということから、想像はつかないかしら? ここは死後の世界ですわ」
「死後の……」
 茫然と、信じられないと言いたげに、馬岱は繰り返す。だが、信じるほかないと判断した彼は、「では」と切り返した。
「若……馬超殿はどちらに?」
 彼の問いに、孔明はくすくすと笑った。
「貴方らしいですわね。自分の生死よりも馬超殿のことを優先するだなんて」
「ここが死後の世界ということは、若もいらっしゃっるのでしょう?」
「そうですわね。貴方のそういうところは良いところですわ。でも、」
 口元を羽扇で隠して、孔明はにっこりと目を細めた。
「それは教えられませんわ」
「何故ですか?」
「教えたら面白くないからです」
「貴方って人は……!」
 そうだ、孔明はそういう人間だった。人が困っているところを見て楽しむ、意地の悪いところがあった。
「頑張って自分でお探しなさい。馬超殿のためなら、そのくらい容易いことでしょう?」
 馬岱が思っていることを見通したように楽しげに言う孔明に、劉備に逢ったら言いつけてやろうと思いつつ、「分かりました」と馬岱は腹立ち紛れに背を向けた。
「若のことは自分で探します」
 そう言って彼が走って去って行くのを、孔明は愉快そうに眺めていた。
「わたくしが我が君と再会して感じた喜びを、馬岱殿も感じられれば良いわね……」




 街のあちらこちらで聞き込みをした馬岱は、様々なことを知った。
 一番驚いたことは、この世界には国という概念がないということだった。いや、治める者はいるのだが、それは天帝であり、永久に変わらない。人々は生きていた頃の敵味方は関係なく、割と楽しく暮らしているようだ。
 そうしてあちらこちらをまわっているうちに、西の方に馬一族が住んでいるということが、馬岱の耳に入ってきた。
 そう。死後の世界ということは、馬超だけでなく、曹操に皆殺しにされた馬一族の者が皆いるということなのだ。その事実に胸がいっぱいになりながら、いち早く彼らに会いたいと、馬岱は必死で西を目指した。
 そうして今、馬岱は、馬一族の住んでいる地域にやって来た。
 彼が道を歩いていると、彼に気付いた人間が、次々と声をかけてくる。皆、曹操に滅ぼされて死んだ一族の者たちだ。
 彼らに案内されて、馬岱は馬騰が住んでいるという屋敷の前までやって来た。立派な門構えは、確かに生前の馬家の屋敷に通ずるところがある。
 緊張しながら、馬岱は門番に声をかけた。
「馬岱と言う。馬騰殿に会わせてはくれないか」
 すると、門番は、にっこりと笑った。
「私をお忘れですか、馬岱殿。生前馬騰様にお仕えしていたのですが」
「えっ」
 言われてみれば、見たことのあるような顔だ。
 門番に呼ばれてやって来た使用人もやはり見覚えのある顔で、馬岱を客間に案内しながら、彼はにこにこと教えてくれた。
「ここで働いている人間のほとんどが、生前馬騰様の家にお仕えしていた人間なんですよ」
「そうなのか……」
 客間に通されてしばらく、馬騰が着くまでの間、馬岱はそのことを考えていた。
 そして、馬岱の前に現れた馬騰は、壮年の頃の姿かたちをしていた。
「久し振りだな、馬岱」
 笑顔の彼にそう言って肩を叩かれて、馬岱も懐かしさがこみ上げてくる。
「お久しぶりです、おじ上」
「これで馬一族の者は全員揃った、か。私たちが死んだ後も、よくぞ馬超を支えてくれた。感謝しているぞ、馬岱」
「いえ、私の方こそ、馬超殿がいなくてはこれほど長生きもできなかったでしょう」
「馬超にはもう会ったか?」
「いえ……」
「そうか。馬超は部屋にいる。驚かせてやろうと思ってな、お前がこちらに来たことはまだ伝えていない。驚かせてやってくれ」
「はい」
 頷いた馬岱に、馬騰は「馬超はな」と目を細めた。
「こちらに来たとき、嬉しそうにしていたが、ただ一つ、お前のことだけが気がかりなようだった。今の生活に馴染んでからも、お前のことばかり言っていてな。お前がこちらに来たと知ったら、本当に喜ぶだろう」
 早く行ってやれ、と馬騰に促されて、馬岱は教えられた部屋に速足で向かう。
 馬超の部屋の前に辿り着いた馬岱は、早くなる鼓動を抑え込もうと、大きく深呼吸をした。それから、覚悟を決めて、戸を開ける。
 そして。
 こちらに背を向けて立っているずっと会いたかった人に、喜びを滲ませながら声をかけた。
「若」
 さあ、返事をして、振り向いて、名前を呼んで、そして、笑って。
 馬岱は待ち切れずに駆け寄る。
 そして、信じられない、と言いたげな顔をしている馬超に、堪えきれずに抱き着いた。
「若、お待たせして、すみません」
 もう離れない。これからは、ずっと、一緒だ。








初めての超岱が死後の世界でしかも馬超がほとんど出てきていないってどうなんだろう。と思いつつも書いてしまった。
軍師殿がオネエでびっくりしたかもしれませんがうちの孔明はオネエです。初書きでした。
お題は言葬様よりお借りしましたー。

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