小説2

□君の部屋に飼われて久しい
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「周瑜殿」
 跪いた陸遜が、周瑜の顎にそっと手をかけて、顔を覗き込む。
「お加減はいかがですか、周瑜殿」
「悪くはない」
 ぶっきらぼうに答えて、周瑜はそれから逃れるように身を引く。すると、陸遜は眉を下げて困ったような顔をした。
「私が触れるのはお嫌ですか?」
「自分が私にしていることを忘れているわけではなかろう?」
「そうですね。嫌われてもおかしくはないことを、私はしています」
「そうだ」
「それでも、そうしたいほどに、私は貴方のことが愛しいのですよ」
 手を伸ばそうとしたが、陸遜は結局、それ以上周瑜に触れはしなかった。今しなくとも、そのうち飽きるほどできると考えたのかもしれない。
 そう。
「陸遜、私がお前の部屋に飼われるようになって、久しいな」




 赤壁の戦いの後。
 周瑜は、荊州を巡る戦いに精魂を注いでいた。
 そんな中、執務中に、周瑜は気を失ったのだ。
 目が覚めたとき、彼は見慣れない部屋の中にいた。
「ここは……?」
 室内を見回した周瑜は、違和感に右足を見た。すると、足首に枷が嵌っており、部屋の隅に繋がっている。
「囚われた……のか?」
 一体誰に。周瑜は膨らむ不安を抑え込んだ。幸いにも、足首から繋がる鎖は長い。ここは落ち着いてこの屋敷を探索してみるべきだ。
 腰に佩いていたはずの剣がないことを不安に思いながらも、周瑜は部屋の戸を開ける。
 そして、室内に入って来ようとしていた人物と、鉢合わせになった。
「おや、目が覚めましたか、周瑜殿」
 聞き覚えがあるどころではない、聞き慣れた声に、周瑜は耳を疑う。
「……陸遜?」
 そこに立っていたのは、周瑜が思ったとおり、陸遜だった。
「陸遜、何故お前が……」
 まさかお前も囚われたのか、と問おうとした周瑜だったが、陸遜の表情が囚人のそれではないことに気付いて、言葉を変えた。
「お前が私をここに閉じ込めたのか?」
 すると、陸遜はにっこりと微笑んだ。
「さすが周瑜殿、察しが早いですね」
 それに油断ならないものを感じながら、周瑜は落ち着き払った風を装って言う。
「ここから出せ、陸遜。私は一刻も早く政務に戻らねばならない」
 陸遜の返答は早かった。
「それはお断りします」
「何故だ」
 こちらを睨みつける周瑜に、陸遜は「まあ部屋に戻ってください」と周瑜を室内に促す。そうしなければ話さない、と暗に言われているのを感じて周瑜が渋々室内に入ると、追って入って来た陸遜は、後ろ手に戸を閉めて鍵をかけた。
「まず言いましょう。貴方をここに閉じ込めたのは私です。ここは私が所有する屋敷です」
「一体何故……」
「貴方を死なせないためです」
「私を?」
「そうです」
 どうして、と言いたげな周瑜の目を、陸遜はまっすぐに見た。
「貴方は働き過ぎです。このままでは死んでしまう。貴方が執務室で倒れているのを見たとき、私は瞬間的にそれに気付きました。そして、それを防ぐために貴方を世間から切り離すことにしたのです」
「成程、気遣いは有難いが」
 周瑜もまっすぐに陸遜を見つめ返し、きっぱりと言った。
「江東の平和と孫家の繁栄のために死ねるのなら、それは私の本望だ」
「……それは、亡き討逆将軍との約束があるからですか?」
「それもある。だが、何よりも私自身が、孫家の繁栄のために尽くしたいと思っているのだ」
 だからここから早く出せ。
 そう続けた周瑜に、なりません、と陸遜は首を横に振った。
「貴方にとって、亡き孫策様と孫家は大事なものなのでしょう。しかし、それと同じように、私にとっても貴方は大事な人間なのです。そんな貴方を、私は見殺しにするわけにはいきません」
「余計な世話だ。この屋敷に閉じ込められて生きるくらいなら、死んだ方がマシだ」
「そうおっしゃると思いました」
 そう言うと、陸遜は腰に佩いていた剣を抜いて、素早く斬りかかってきた。かわして後ろに跳ぶ周瑜だが、机に阻まれ、逃げ場を失う。
「くっ……!」
「私に抗ってはなりませんよ、周瑜殿」
 追いつめた周瑜の首に剣を突き付けて、陸遜は笑った。
「この空間では私が支配者。貴方の命を握っているのは、私なのですよ?」
「お前……っ」
「大人しくしていただければ、不要な怪我をさせるつもりはありません」
 私は、と陸遜は続ける。
「周瑜殿、私は、貴方のことをとても大事に思っているのです。貴方が孫策殿を思っているのと、同じ意味で。ただ上司として慕っているだけなら、ここまではしませんよ」
「私を辱める気か?」
「今はそのつもりはありませんよ。貴方が私に屈し、心も体も預けてくださるようになってからです」
 周瑜の喉に剣の刃を押し付けたまま、陸遜は周瑜の薄い唇に剣を握っていない方の手で触れた。
「どうですか、周瑜殿。ここで私に逆らって殺されるよりも、生き延びてここから逃げ出す手段を探す方が、良いとは思いませんか?」
 陸遜の言葉に、周瑜はしばし逡巡する。確かに、陸遜の言うことは間違ってはいない。だが、周瑜がそう判断することは見越されているということに気付き、周瑜は少し気分を害した。
「……良いだろう。少しの間、お前に飼われてやる」
 周瑜が言えば、陸遜は嬉しそうに微笑んだ。
「分かっていただけて光栄ですよ、周瑜殿」
「このような屋敷、すぐに逃げ出してやる」
「そうはいきませんよ。私は決して貴方を逃がさない」
 宣言して、陸遜は周瑜の喉から剣を離す。
「というわけで、これからよろしくお願いしますね、周瑜殿」




 そうして周瑜が囚われの身になって、もう一か月が経とうとしている。
 何度も脱走を試みた周瑜だったが、足に嵌められた枷は丈夫で、使用人にも「申し訳ありませんが、こちらも自分の命が係っているので、貴方をここからお出しするわけにはいきません」と言われ、どうすればいいのかと頭を悩ませていた。
 だが、周瑜は決してここから出ることを諦めてはいない。
 陸遜が閉じ込めたいくらい周瑜を思っているのなら、死んでもいいくらい、周瑜は孫家のことを思っているのだ。諦めたりは、決してしない。
「陸遜」
 至近距離にある陸遜の瞳をじっと見て、周瑜は宣言した。
「私は決して、お前に飼い殺されたりはしない」
 それに対して、陸遜も「ええ」と目を細める。
「それで構いません。そんな貴方が、私は好きなのですから」
 二人は向き合って火花を散らす。
 周瑜が陸遜に飼われて、久しい。
 だが、周瑜は決して逃げ出すことを諦めない。陸遜も決して、周瑜を逃がさない。
 二人の戦いは、周瑜が死ぬそのときまで、続く。











というわけで捏造陸遜×周瑜でした!
うちの陸遜は周瑜に対しては純粋な思慕の情しか抱いていない設定なのですが、監禁ネタがやりたくて二次創作してみました。
監禁ネタなのに全く色気がなくてすいません。
お題はjoy様よりいただきましたー。

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