小説2

□厭きるくらいわたしを呼んでよ
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「公瑾」
 伯符様に名を呼ばれ、私はゆっくりと顔を上げた。
 昼下がりの、伯符様の執務室。珍しく仕事のない私は、仕事をする彼の隣で、竹簡を読んでいた。
「どうなさいましたか、伯符様」
 じっと視線を向けて問うと、筆を片手に頬杖をついた伯符様は、「いや、別に」と明るく笑う。
「竹簡ばかり見ているから、こちらを向かせようと思っただけだ」
「嫉妬なさいましたか」
「少しな」
 素直な伯符様の言葉に、私も少し、笑う。それから、「もう一度」と強請った。
「伯符様、もう一度、私を呼んでください」
「……公瑾?」
「はい」
「どうした?」
「伯符様に呼ばれるのが、心地良かっただけです」
 こちらもいつになく素直にそう言えば、伯符様は目を白黒させて、それから、少し顔を赤くした。
「珍しく素直だな」
「いつも素直ですが?」
「嘘を付け」
 私の冗談に、伯符様の顔の赤みが消え、また笑顔が浮かぶ。筆を置いて立ち上がった彼は、私の隣に腰を下ろすと、そっと私の肩を抱いた。
「公瑾」
「はい」
「公瑾」
「……はい」
 私を呼ぶ伯符様の声が、甘く優しく、耳の中で谺する。それが心地よくて、私は目を閉じて伯符様の肩に首をのせた。すると、伸びてきた無骨な指が、私の髪を梳いて遊び始める。
「公瑾」
「はい」
「お前が呼んでほしいときは、いつだって私が呼んでやる」
 だから、と一呼吸置いて、伯符様は私の耳元で囁いた。
「だから、ずっと、一緒だ」
「……ええ」
 そう、ずっと、一緒。私は彼の言葉を繰り返す。
 ずっとずっと、いつまでも、一緒だ。
 そして、伯符様、厭きるくらい、私の名を呼んでくださいね。








二十代前半くらいの二人。珍しくラブラブ。
甘い話を書いていると、死別のことが頭をよぎって哀しくなりますね……。
お題は言葬様より。

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