イタナルコ編

□無敵の彼女(〜ブルーフォックス〜)
6ページ/10ページ

「待って!」
「ん?」
「俺も、行きます」
 ナルコは頭一つ半低い位置にあるイタチの頭を宥めるように撫でる。
「……今日は下準備だから、あたしだけで大丈夫だってばよ? 直接ボスと話を付けに行くのは明日。……あたしがイタチの保護者となったからには、全身で護る。……約束、するよ」
「…………」
 ナルコの言葉に、イタチは目を見開いて、彼女を凝視し、ややしてノロノロと俯く。萎れた花の様に弱々しい様子だ。
 ナルコはそれを見て苦笑すると、指先で軽くイタチの顎を掬い上げて上向かせる。
 屈み込むように、額に一つ。間近で極上の微笑を浮かべて見せれば、茹でた蛸の様に顔を朱に染めて、イタチは硬直した。
「約束は、絶対だってばよ? イイコだから、そんな不安そうな顔しないで、あたしを信用しなってば」
 視線だけで追うイタチに、ウインク一つ残してナルコは自分の部屋に消える。目の前で障子が閉ざされ、イタチはへなへなとそこに座り込んだ。
 全てが流れる虚像の中で、見かけた姿。
 薄暗い周囲を切り裂く光。容姿も極上。抜けるような白い肌、湖面のような銀を散らす水色の瞳。明らかに異国人の外見で、それを生業とする者たちが手に入れれば素晴らしい「商品」になるはずだ。この界隈では、油断すると身を持ち崩す。闇の触手が蠢き、絶えず獲物を狙うような場所なのに、たまに見かけるその女性は、身を浸すこと無く……汚れを知ることもなく、存在し続ける。己を腕に収め好きなように扱う相手に聞いたら、眩しそうに目を細めて応えた。
 −−− 女で綺麗と認めるのは、アレくらいだな?
 好色そうな声音が、憧憬に変わったのが記憶に残した原因だろう。
 −−− 見た目と違って、腕っぷしもある。清しいくらい、表裏もなく真っ直ぐで…俺らのような者でも、行動や意見がこちらが正しければ味方になる。その際対立する相手が誰だろうと、構わない。それで救われた者たちも多い。……だから、慕われる。彼女の願いを叶えようと動く者すら居る。あれほど綺麗な生き物を、俺は知らないな。
 それから、ずっと目で追っていた相手、だった。
 ただひたむきに見つめつづけた、ただ一人の相手。
 手に届く距離にない、焦がれるだけの、存在。それが……。
 拾われて、笑顔を向けられて……名前を呼ばれて。
「イタチ?」
 ラフな動きやすい恰好で出てきたナルコは、座り込んだまま静かに泣くイタチに驚いて屈み込み、顔を覗く。
 泣きながらナルコを見つめるイタチに、初め呆気にとられていたが、やがて苦笑し…膝立ちして抱き寄せた。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ