イタナルコ編

□無敵の彼女(〜ブルーフォックス〜)
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「名前は? きみ。あたしは、ナルコ」
 差し出された手に、一度躊躇った後に、こわごわと乗せられた、痩せた手。
「……イタチ」
 初めて紡がれた、細い声。
「……男を連れ込んで、いいの?」
「きみは、宿無しのペットだから、男じゃなくて、雄でしょ。飼い主とペットの関係に男女間の間柄は発生しないってば」
「世間体は?」
「そんなの、どうにでもなるってばよ。……たとえば、遠い親類の子が、学校に通う為に一緒に暮らすことになったとかにすればいいし。女の一人暮らしを危ぶんだ人からの提案という事にしといてもいい。だから、何時でも帰りたくなったら、家族の所に帰っていいってばよ」
「…………」
 大学は電車通学だったが、バイト先は徒歩圏内だ。ナルコに飼われることを承諾したその少年と、現在一人暮らしをしているナルコの祖父が残した一軒家へ向かう。
 とにかく泥と垢で凄まじい状態のイタチと名乗った少年を、帰って早々風呂を沸かして入れた。垢を含めて汚れを落として出てきた子供を見て、目を丸くする。
「なんだ、見れる風体になったってばね? 男物の服なんて、じっちゃんの物しかなかったから、一番小さくてマシなのを選んだんだけど」
 汚れを落として出てきたイタチは、幼いながらも滅多に拝めないほど綺麗な造作をしていた。が、美醜に関して、ナルコは目を丸くしただけでそれ以上の反応はない。
「ちょっと手が放せないから、その間、コタツにでも入ってテレビ見てな? いつも一人分だから夕食はレトルトで済ますけど、今日は一人じゃないもんな、ちゃんと夕飯作ってるんだってばよ」
 台所で夕飯の用意をしていたナルコは、彼女を探して台所に顔を覗かせたイタチに笑いかけた。
「……俺のも?」
「そ。ご飯は一人で食べるより二人で食べるほうがいいもんな。……じいちゃんが居るころは、ちゃんと作ってたんだってばよ。一人は作り甲斐がないもんな? だから何時もは手抜き」
 クスクス笑いながら答える。
「寂しいから、俺を拾ったの?」
「……ん……。そ、かもな」
「素性も過去も不明で、怖くなかったの?」
「……んでもって、どうみても浮浪者だったしねぇ」
「余りにも不用心だ。俺が悪い人間だったら、どうするつもり」
 ナルコは自身の見た目を客観的に言う相手に、カラリと笑って答えた。イタチの言う事は常識で、ナルコが取った行動は、ある意味無謀で考えなしだ。が、軽く肩を竦める。
「そんときはそんときだってば。でも、最初言ったろ? 捨てられた子猫の様だって」
「…………」
「何かに傷ついて痛いって顔だった。周囲が怖くて堪らないって竦んでいた。……何より、行き場がない不安定な脅えを纏ってた。だから、思わず拾ったんだってばよ? 何処にも自分の居場所がない悲しみは、あたしは良く知ってるんだってば」
「…………」
 夕飯を迎え食事をし、ナルコは今は使われていない祖父の部屋に予備の布団を敷いた。 次の日の朝。その部屋を覗くと、イタチと名乗った少年はそこに居なくて、慌てて家中を探したが、何処にも居ない。狐に化かされたような気分で呆然としたが、ぼんやりもしていられなかった。毎日は何が起ころうとも平等に訪れる。ナルコは、何時もの様に大学へ向かい、授業を終えたあとは、バイトに精を出した。
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