■天上の海・掌中の星 3

□秋の風吹く 天穹にて
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そんなこんなと
無駄話をしている間も、
聖封殿の感知能力は
働いていたようで。
痩躯をますますシャープに見せる、
ダークスーツの裾をひるがえし、
周辺の空に浮く、
綿を薄く引いて裂いたような
雲が散らばる中、
少しほど大きめの塊と
向かい合い、

 「隠れても無駄だぜ、
  蜥蜴カメ。」

咥えていた煙草を
宙へと弾き飛ばしての
掻き消しながら、
そんな啖呵を
低めたお声で切ってのけると。
胸元近くに両手を重ね、

  吽っ、と

念を込めた掌打を繰り出す。
すると、随分と厚い雲だった塊は、
風に吹き流されて…
というのじゃあなく、
しゅわしゅわと
勢いよく蒸散して…
という趣きにて。
あっと言う間に
その場から消え去り、
その代わり、
陰に紛れていた存在を
あからさまに放り出す。
平らな胴の尻側にあったはずの
尾が途切れているのは、
先程、
破邪殿が一刀両断したからか、
それとも
自分で捨て置いたせいなのか。

 「ピンピンしとる
  ところを見ると、
  斬られたが已なくと
  置いてったんでも
  なさそうだぞ。」

 「ああ、そのようだ。」

サイのような革のごつい体躯を、
突っ込んで来る気か、
少々伏せ気味にしての
勢いをためており。
そんなまで
戦意満々というものを、
躱してしまうのは
失敬だとでも言いたいか、

 「余計な咒は
  要らねぇからな。」

 「へえへえ、
  思う存分 仕切り直せや。」

読み違えへの当てこすりかと
むかっと来るより先、
こちらの緑頭の破邪もまた、
こやつを
まんまと取り逃がしたこと、
腹に据えかねてたらしいと察し。
何だお前もかよと、
やや持ち直した聖封殿、
周囲への障壁結界を張るのみで
おいての身を退ければ。

 そこへ颯爽と飛び込んだ、
 俊速の影ひとつ。

和刀の拵え、
束への糸巻きを
ぎちりと鳴らしつつ握り込み。
黒っぽいトレーナーに
Gパンという
あっさりしたいで立ちから、
なのに 恐ろしく重い鋭気を
ほとぼらせた天界の剣豪。
二の腕も前腕へも
瞬発の利いた膂力をみなぎらせ、
逞しい肩や背の筋骨盛り上げて。
大上段へと振りかぶった大太刀、
思い切り振り落とすこと、
稲妻か はたまた疾風の如し。
その、
凄まじく冴えて切れのいい
動作もろともに、

  斬っ、と

そこいらの大気を丸ごと、
細かくブルブルと
震わせつつの凍らせて。
桁外れの剣圧が醸す
“刀鳴り”を轟かせ、
空間ごと制覇する勢いの一閃が、
白銀の動線を
“剛っ”と太々、
一瞬描いて
たちまち消え去ったその後には。
一見、何事も起きなかったよな、
それは平穏な沈黙が
よぎったの追うようにして、

  轟っと 風が鳴ったと同時
  大妖の身がパンと弾けての。

切り刻まれてしまった端から、
どこぞかへと
溶け込むように消滅してゆき。
無言のまま太刀を
鞘へと戻した破邪殿が、
小さく吐息をついた頃合い、
ほんの数刻後には
既に跡形も無くなっている物凄さよ。

 「残滓は?」
 「ねぇな。」

確認を取った聖封殿もまた、
短く返しての、
そりゃあ淡々とした
やり取りを交わしたのみ。
何とも余裕の、
天聖界が誇る
最強コンビだったけれど、


 「あ、ゾロだ。
  おーいっ。」


足元の眼下から、
想いも拠らないお声かけがあって。
何だ何だと
探しもって見下ろす
サンジの眼前から、
あっと言う間に
相棒の気配が消えている。
それだけで
“ははぁん”と判るという
順番なのも、
結構大した把握と反射ではあるが、

 “あの一言だけで、
  正確に降りてけるもんかねぇ。”



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