■天上の海・掌中の星 3

□緑の日なかにて
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春と言えば、
出会いと別れの
季節でもあるけれど、
まだ卒業は来年に控えた身の
当家の坊やは、
そっちのセンチメンタルには
縁がなかったご様子で。
(………は?
 何か不審な点でも?)笑
春の盛りも真っ只中な猫たちが、
威嚇のためだろ、
高らかに張り合うお声も響く中、

 『久蔵、元気してるか?』

 【 …みゅうにゃう。】

 『お? どした?
  元気ねぇな。』

 【 …みゅうまう。】

 『ご近所に大きい犬が来た?
  久蔵へ吠えるのか?』

 【 みいに・みゃう。】

 『何だ。愛想がいいだけなら、
  いっそ友達になりゃいいのによ。』

 【 まぁうにぃあっ。】

 『ああ、判った判った。
  苦手なもんはしょうがないか。』

語気を荒くした(?)相手だったのへ、
そんな怒んなよと
宥めてやれるほど、
例の仔猫さんとの
電話でのお付き合いも
依然として無邪気にも
続いておいでの模様。
仲のいいお友達とも
同じクラスになれたと
はしゃいでおいでで、

 だっていうのに

さっそくの関東大会の予選が
始まった部活の柔道では、
卒業まで続ける所存らしい割に、
とうとう
主将を引き受けることは
ないままらしく。

 『だって、
  主将になったらさ、
  団体戦では
  大将やらされんだぜ?』

戦況へ
どんなにじりじりしていても
一番最後まで大人しく
控えてなきゃいけない。
そうかと思や、
場合によっちゃあ、
出番がないかも知れないなんて
真っ平だからだと。
仲間内を
褒めてんだか下げてんだか
よく判らない言いようをして。
出来れば“一番槍”の先鋒を
やりたいがため、
主将は御免こうむると、
言い張ってたように
解釈出来んこともないけれど。

 『なんの。
  ありゃあ、
  日頃の主将が
  やんなきゃなんないことから
  体よく逃げ出すためって
  のの方が大きい。』

部員たちの出欠や
コンディション管理、
様々な大会への
申し込みや準備などは、
顧問の先生や、
よく気のつく
女子マネージャーがいるから
すっかりと任せればいいとして。
定例のものとしての
部長会議ってのが毎月あるし、
学校行事にあれこれ参加する以上、
その折々にも、
連絡系統担当とは別、
責任を負わねばならぬ事柄への
確認という呼び出しがある。
そういう種の
責任感がないって訳じゃ
ないだろに、
そういう職務を
面倒がっての
“主将は御免だ”宣言なのは、
関係筋じゃあ
とっくの昔に見え見えだったり
するらしく。

 ― ま、いいんだけれどもね。

無理から押し付けたその結果、
会議や招集のかかるたび、
部長、もとえ主将はどこ行ったと
不毛な鬼ごっこになるよりも。
そういうことは任せてという、
気性や性格の
お人に任せればいいと。
そういう合理主義は、
ずんと早くから
浸透してもいる部であるらしく。
(…は? 何かご不審な…)大笑

 「GWは
  どういうスケジュールなんだ?」

大人の世界でも、
先日 全日本柔道選手権が
あったばかり。
連休という、
学生さんたちが足並み揃えて
授業がない期間を、
関係筋もみすみす使わぬはずが
なかろと思って、
当事者でもあろう、
当家の坊やへ訊いた、
相も変わらず
屈強精悍な風貌の破邪様、
かっこ、
某ドーナツチェーン店の
ヒット商品を模した
アニメチックなライオンさんが
胸元へプリントされた
ベージュ地の帆布エプロン着用、
かっこ閉じ…へ、

 「おお、
  都大会の決勝があるぞvv」

東京代表が決まる試合が、
男女の個人と団体の
準決勝からあっし、
しかも子供の日なんで、
会場の記念会館に
たっくさん鯉のぼり
揚げるんだと、と。
笑い声以外にも何かしらの効果音が
ぱきーっと聞こえて来そうな
満面の笑みで応じつつ。
今日も最終調整の練習があるのでと、
日曜だってのに早起きし、
弁当のついでにと
握ってもらった
炊き立てご飯でのおむすびを、
既に五合は
平らげている豪傑さんであり。

 『その割に、
  背も伸びねぇし
  横幅も増えねぇよな。』

燃費効率が悪いというか、
底無しというか。
いっそ同じ年頃の女子には
怒られねぇかと、
お料理上手な、
聖封ことサンジさんが
“育ち盛りのくせになぁ”と
妙な心配していたほどに、
痩せの大食いな坊やだったりし。

 「ふぃー、食った食ったvv」

眠くなるから
腹八分目にしないとなと、
どこまで本気か、
しゃあしゃあと言っておいでの
腕白くんなのへ、
はいはい判ったよと、
こちらさんもまた
いつもの如くに苦笑をし、
食後のお茶を出しながら、

 「ちゃんと梳かしたのか?」

大きな手のひらが
ぽそんと乗っかったのが、
こちらも相変わらず、
まとまりの悪い髪の上。
女の子のように
念入りなお手入れまでは
施していないとはいえ、
ばさばさと質が悪いという訳でなし。
むしろ触れば柔らかくて、
つやもあるのがよく判るのだが、

 「ん〜ん、面倒臭せぇもん。」

身だしなみに気を遣うという、
基本が出来ない子じゃあ
ないのだが、
顔を洗って歯を磨いて、
制服とともに、
清潔なシャツに清潔な靴下はいて、
ハンカチはいつも常備のこと
…というのはちゃんと守れるのに、
寝癖直しに
よほど手間取った覚えでも
あるものか、
頭だけは
ちいとも構わない
困ったさんであり。
振り振りと当然顔で
かぶりを振る坊やへ、
おいおいと溜息をついてから、

 「しゃあねぇな。」

載っけたままだった大きな手が、
そのままわしわしと髪を梳いてゆく。
両手がかりになると、
シャンプーでもしているような
動作になるので、

 「ゾロ、ゾロ、
  こういうときは
  “痒いトコはないか”って
  訊くんだぞ?」

 「何だよ、そりゃ。」

どこか憮然とした
お顔になったゾロだのに、
にししと擽ったそうに
微笑うルフィなのは、
わざとに厳つい顔をして、
照れ隠しした彼だと判るから。
間近に立ってる存在の、
暖かな温みを感じつつ、
えへへぇと微笑いつつも
手持ち無沙汰なお客さんのほうから、
取り留めのない話が振られて来、

  あんなあんな、
  5日の大会は早めに出るぞ?

   そうなのか?

  試合の前に、
  会場の前に並んで
  募金活動もするんだ。

   そっか。

  鯉のぼりにもな、
  メッセージ書いたんだぞ?

   …そうか。

そう遠くはない東北で、
未曾有の災害が起きて、
犠牲者の四十九日があったばかり。
それへとまつわることだろに、
淡々と口にする坊やであり。
その直前にも、
大雪で困っている人たちへ、
真摯に案じていたほどの
坊ちゃんだったので、
これは何か
言い出すんじゃないかと、
実を言やぁあ、
その分厚い胸中にて
危惧していたゾロだったが。
確かに、
ニュースを見て
数日ほどは呆然としていたし、
ついついだろう、
何処がどうだ、
こっちではこんな形で
被災した人がいると、
口に上らせてもいたけれど。

 『……もうちっと
  大人でなきゃな。』



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