■天上の海・掌中の星 2

□インスピレーション、大切に?
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 二月の初めは厳冬期だが、後半から三月にかけては、真冬並みの寒さと気の早い春の匂いとがシーソーゲームを繰り広げ始める。

 『昨日は暖かだったのにね、
  今日は何? この寒さ』とか、
 『一雨毎に暖かくなるなんて言うけど、
  昨日の雨は冷たかったよね?』とか、

 日毎にくるくると変わる大きな寒暖の差に振り回されたり。その余波で、ごついコートを羽織って出ると昼の間は邪魔になったり、そうかと思えば足元や腰回りが予想以上に冷え込んで寒かったりと、毎日の着るものに困ってしまったり。そんな微妙な時節だから、最後の油断から風邪を拾いやすいのがこの時期で。
だってのに、少しくらいの寒さなんて そこいら駆け回ればすぐにも体が温まるから へーき、へーき…なんて、途轍もなくお気楽なことを言って出掛けてく坊やで、そのくせ、日暮れの色味と競争するかのように鼻の頭を真っ赤にして“さむさむ〜”っと帰って来るものだから。
問答無用とばかり、破邪様の大きな手でむんずと後ろ首を掴まれて。薬種特別調合の薬湯を張った天世界のお風呂へと、引っ張って行かれているルフィ坊やであり。

「ふや〜〜〜。///////」

 ここで効果音に“かこ〜んっ”なんて音が入ると嬉しいのですが、桶を置いてるようなタイプのお風呂ではないので悪しからず。(笑) 東の天水宮、天使長ナミが収めていらっさる春の聖宮の奥向きにある、遥か上空にてドーム状の天井を支えている女神たちの立像も優美な湯殿へ“肩まで浸かれ”と連れ込まれている今日この頃。ほんわりとお花の香りがする白くてさらさらなお湯に満たされた、プール並みに広い大理石の湯船にはもう慣れたが、

「以前に、俺たちは風呂なんて入らなくていい体なんだって言ってなかったか?」

 なのに何でこんな施設があるの? 一緒に浸かっているご当人さんへ訊いてみると、大きな手のひらでお顔を拭いながらのお返事があって、

「必要ないとは言ったが、
 入れば気持ちが良いものだっていう
 効用は一緒だからな。」
「???」

 彼にしてみれば言葉を尽くしている方ながら、それでもズボラな言いようをされて。意味が判らず小首を傾げたルフィであり。ほかほかに温もってから、のぼせを宥めるためのゆったりした籐椅子なんぞが置かれた“リラックス・ルーム”まで上がったところへ、お話ししましょと楽しげにお運び下さった天使長様へ同んなじことを訊いてみたらば、

 「まっ。ヤダわ、
  ゾロったら何てこと言うのかしらっ。」

 何にも知らない子を掴まえて、そんなとんでもないことを言ってたの? 眉を吊り上げ“キィっ”と怒ったナミさんから、香油の入った小壷を頭にぶつけられた破邪殿、洗い流しにもう一度湯殿へ戻る羽目になっていたりする。意外な成り行きへキョトンとしているルフィに。パッションフルーツを蜂蜜と炭酸で割った湯上がりのジュースを差し出しながら、

「まま、確かに。俺たちが地上で姿を取ってる体は特殊な代物だからな。汚れも寄り付かないし、皮脂やら垢やら、体の中から押し出される老廃物ってのにも縁はないんだが。」

 サンジさんがしょっぱそうなお顔で苦笑をして見せる。それを言えば、食べる必要だってない体だ。でも、美味しいものから得られる崇高な快感ってものの素晴らしさを知ってるから、俺んチなんかが昔々から料理の腕前を代々伝えてる訳だし…と続け、

「こっちの世界に戻った身には、
 坊主が吹き込まれた地上での理屈だって
 通用しねぇってこった。」
「そうよ、誤解しないでよね?」

 あたしなんか綺麗好きだから、寝起きのシャワーだ、汗をかいてしまったから香湯で沐浴だってノリで、日に何度か入ることだってあるんですからね。あんなズボラ男の言うことが天聖界人の常識だなんて思わないでよねと、何度も何度も念を押されてしまった坊やだったりしたのだけれど。(笑)

 「ゾロって
  天世界むこうでも
  ズボラなんだな。」

 さして他意は無く、だからこそ純粋率直に。すっぱりと言い切られて、
「………。」
 いかにも男臭い精悍なお顔のその口許を、何とも言えない歪め方に むうと曲げて見せた破邪様。大方、思い当たる節があり過ぎて、ずぼらではなく主義や信条から来ることと言い返すにしても…どちらが世の正論であるのかは本人にしても明白で。それらを覆すだけの反論が口の重い彼には出来なくてのことだろう。そやって言い返さないってのも、やっぱり“ズボラ”って奴じゃありませんかね?(笑) それでも、

「湯冷めすんなよ?」

 坊やへの甲斐甲斐しさが出るところは、料理へ言うところの“別腹”みたいな別仕様であるらしく。持って行って着替えたパジャマの上から目の詰んだ毛布にふんわりとくるまれて、不思議な浮遊の旅を経て不思議世界から戻って来た自宅のリビング。新しいバスタオルを出して来て、まだかすかに湿った髪へとかぶせてくれる気配りは、間違いなく…この坊やが相手だからこそ発揮されたもの。ぶっきらぼうな言い方だけれど、くりっと一撫でしてくれた大きな手の優しさが嬉しくて、
「おうvv」
 にっこにこでのお返事を返すルフィである。カレンダーの上では、新しい年の年明けからまだ2カ月。他の月より少こぉし短い二月が半分を過ぎて、

「そうそう、昨日も何個か、
 小包が届いてたろう。」
「あ…うん。」

 洗濯物を脱衣場まで持って行き、そのまま引き返して来たゾロの声に、リビングのソファーに腰掛けてた坊やが…少々曖昧な声を返した。
「? どうした?」
「ん…。」
 テーブルの下へと入れっ放しにしたあった小さめの段ボール箱。そこには色々な大きさの小箱が入っており、

「何だ、そっちは
 あんまり封を切ってないんだな。」

 一緒に入ってたチラシの裏メモへ、新しいものに貼られてあった配送用のシートに綴られた、送り主の名前と住所を書き写しがてら、こちらさんとしては何の気なしに口にしたゾロだったのだろうけれど。
「…だってさ。」
 何が不満やら、ルフィの側はぶいぶいと口許を尖らせて見せるばかり。そう、この小さな包みは全部、この月の半ばの恋愛イベント、バレンタインデーにと向けて届いた代物たちであり、
「ご近所のオバさま方やら学校のクラスメートから貰ったもんへは、嬉しそうにしてたくせによ。」
 当日の月曜、学校の購買で紙袋を買わなきゃ全部持ち帰れなかったと胸を張って成果を見せ、へへ〜んvvなんてはしゃいでいたくせに。郵送や宅配便にて届いたクチのもあったぞとゾロが見せると、ちょっぴりテンションが下がってしまった坊やであり。

「だって、こっちのはサ。」

 決して邪険にしたい訳じゃないのか、手に取った1つ、その表面を丁寧に撫でて見せ、
「こっちから全然知らない人たちだからさ。」
 フライングで前日に届いた分もあってね、そっちの幾つかは封を解いてみていた坊やでもあって。心当たりがなかったんで何だろう?って思ってのことだったのだけれど、

 《 インターハイの活躍を見て、
   ファンになりましたvv》

 中に入ってたお手紙に、そんなメッセージがあったのへ、無邪気に喜ぶかと思いきや、む〜んと考え込んでしまったルフィだったから。保護者であるゾロとしても、おやおやと気に留めてはいたのだが、

「手づから貰ったもんばかりじゃないってところは、ここいらで貰ったのと同じだろうによ。」

 ただ毎朝お顔を合わせるだけで何処の誰さんかって事までは全然知らないだとか、相手のお顔さえ分からない人からだとか、そんな貰い方も実は少なくはない。あたしだけじゃなくってね、同じクラスの誰某だれそれさんと連名なのよなんてチョコを下さった先輩さんもいたし、ルフィくんへという宛て名しかないまま下駄箱やロッカーに入ってたってクチのもあった。そういうのへは特にどうという反応なんて見せないままで、純粋に喜んでた坊やだったのにね。遠いところから届いたものへだけ、何だか困ったようなお顔になってるのが。ゾロには少々理解が追いつかずで、

「気になるんなら、
 俺が追跡調査して来てやろうか?」

 一応はどれにも住所や氏名がちゃんと記載されたものばかり。そんなチョコや添えられたお手紙に残る思念を辿れば、地理にはさして詳しかないような土地からのものでも、あっと言う間に差出人の住処へまで飛んで行ける破邪殿なのだが、
「そういうんじゃなくってさ。」
 ルフィはフリフリとかぶりを振って見せると、

 「俺ってそんな
  大層な子じゃないのになって
  思ってサ。」

 毎日見てます、逢ってますという人からのものはネ、ルフィのこと、結構知ってての贈り物だと思うから、すんなり“ありがとうねvv”って受け取れた。でもね、この人たちはせいぜいがインターハイ中の何日かとか、試合会場にいた間だけのルフィしか知らないに違いなく。

「学校帰りに買い食いだってするし、
 寝ぼすけだし。」

 それに、あのその…。言葉を濁してからね、

「ゾロにさんざん甘えてるし。」

 訥々とした口調でもそもそと、苦手な“説明”を始めた坊やのすぐ傍らへ。お話をちゃんと聞いてやろうとしてか、ふさりと腰を下ろした頼もしいお兄さんの深い懐ろへ、むにむにと柔らかい頬を刷り寄せて見せ、

「もしかして、そんな子だとは思わなかったって後悔したりしてなって思ったら、なんか気の毒っていうか、えと…。///////」

 ふにふにと言葉を濁す。おやおや、そんなことに引っ掛かっていた坊やでしたか。
「お前が“誰かからどう思われてるのか”なんてことにこだわるなんてな。」
 こりゃあまた珍しいことだと、小さく笑いつつの言葉をかけてやれば、柔道家にしてはちょっぴり長いめ、うなじに襟足がかかるほどという黒髪の陰から ちらりと覗いている小さなお耳が真っ赤に染まり、

「だから…っ。///////」

 そんなじゃなくってサ。どういえば良いのかなって困っているような態度を見せるものだから、
「ああ、いや…。」
 こっちこそ、それをからかいたかった訳じゃあないと。言葉足らずを謝るように、小さな頭を大きな手のひらでゆっくりと撫でてやり、
「何処か遠い土地でお前を見ててくれる人ってのもいるんだって気がついて。そんな人へも、特別な気を遣わなきゃって思っちまったとか?」
 だって思ってもみなかったの。お友達が沢山出来るのは嬉しいよ? でもね。これまではサ、眸と眸を見合わせてこっちからも相手を知っててのお友達って順番だったしサ。そんなの自分らしくないってところをたまたま見て、そこを“素敵vv”とか思われてるんだったら困るよなって思ってしまったの。

「実はそうじゃないって判ったらサ、
 もしかしたら凄げぇ
 傷つくかもしれないじゃん。」

 乙女心は凄げぇ“なぃーぶ”なんだぜ? ウソップがいつも言ってるもん。さも大切なことのように言う坊やが、破邪殿には何とも…愛らしくってしようがない。

 “……そういうことへ、
  気が回せるとはな。”

 いやいや。この子は最初っから そういう繊細な気遣いが出来る、許容の広い子だったではないか。自分へと攻撃を仕掛けて来るような乱暴な悪霊たちを、その存在に気がついてやれる者の義務のように感じて…寂しいからのことだろうと解釈し、怖かったろうに我慢をしつつ受け入れてやっていた。人の心というものが、いかに脆くて傷つきやすいものか、よくよく知っている優しい子。でもね、

「…馬鹿だな、お前。」

 わざとに、軽〜く冗談めかしもって一蹴するよな言い方をしてやるゾロであり、

「そんなもん、相手の勝手だ。たとえ思い込みでも勘違いでもな。アピールした覚えのないことにまで、お前が責任持つ必要なんてないんだからよ、いちいち相手へ合わせてやるこたない。」

 もしかして自惚れてねぇ? 苛めるような言いようをしつつ、言葉と裏腹、きゅううっと腕の輪を少し縮めて。愛しい温もりを抱きしめてやれば、

  「うう………。////////」

 苦しいって、馬鹿ゾロ。お・言ったな? ゾロの方が先に言ったからお返しだもん。イ〜〜〜っだときれいな歯並びを見せながら、照れたように笑ってグリグリと破邪さんの胸板へお顔を押しつけているのは、言ってほしかったこと、言ってもらえた安心感から。ルフィを守るためなら他はどうなったって良いって構えかねないゾロだけど、あのね? だからって盲目的ではないところもあって。為にならないからって何でもかんでもとまでは甘やかさないし、そういうトコはサンジさんが呆れるくらいに不器用なまんまでサ。

 “そゆトコがまた、
  んもうって焦れちゃいつつも
  好きなんだもんvv”

 卒なくこなせるタイプより、だ〜もう、なんで気がつかないかなってくらいの、ちょっと気が利かないところがある方が。僅かながらも対等なような気がして擽ったいと。そんなおマセなことを、胸の裡(うち)にて思いつつ、


 ― ゾロって、いい匂いする。///////
   んん? そっか?


 結構よ〜く洗ったんだがな、まだ香油が残ってたか。ん〜ん、違うぞ、これはゾロの匂いだ。嬉しそうに笑って、ぺた〜〜りとくっついたまま。その“良い匂い”とやらを堪能しているらしい坊やであり、

  “……まあ、良いんだけどよ。”

 一体どっちが じゃらされていることやら。お風呂上がりのほかほかな身を寄せ合ってるお二人さん。窓の外では凍夜の風が吹き抜けているっていうのにね。どうでも良いことかもしれないけれど、ラブラブが過ぎてせっかくのチョコレート、溶かしてしまわないようにね?(笑)



  〜Fine〜

  05.2.12.〜2.17.






相変わらずに甘やかされとる
坊やでございまして、
天聖世界のお風呂はさぞかし
心地の良いお湯なんでしょうね。
ああ、のんびりと浸かりたいです…。



 

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