■天上の海・掌中の星


□夢 魔
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 今は夜なのか、それとも昼間なのか。空はいやに暗くて、なのに周囲の情景にはくどいくらいピントがしっかり合っている。鮮やかなデジタル画面のようにくっきりと。


  ………。


 気がつけば、青々とした森の中にいた。針葉樹だろうか、尖らせた鉛筆を思わせる木々がたくさん植わっているその上になお高く、石作りの塔の屋根が突き出しているのが見える。外国の絵本なんかに出て来そうな、白っぽい石積みの塔だ。チェスのお城の駒にも似てるかな。どこか寒々しい晴れ渡った空の下、ぽつんと1つだけ。その塔は立っている。塔の胴のところどころには、明かり取りだか風取りだか、レンガ一個ずつくらいの小さい小さい穴の窓が空いているらしいが、それ以外には何にも…窓もテラスみたいなバルコニーもない。頂上の部分にだけ、腰高窓みたいのが1つ見えて。灯台か何かかな? でも、森の中なのに? そう思っていたら、

  ………っ!?

 髪を舞い上げ、頬を叩いて、痛いほどの強い風がざっと吹いて来て。思わずの事、腕で顔や目を庇ったら、辺りの様子がいきなり変わった。戸外にいた解放感が途切れて、辺りの空気は停滞を帯びる。顔を上げると、そこはどこかの部屋の中だ。天井の高い洋間で、家具も全て洋風。床には擦り切れたラグが敷いてあり、ベッドと小さめのタンス、古ぼけたテーブルに腰掛けたら脚が折れそうな椅子。それらは皆、色褪せて埃まみれで、20畳くらいの部屋の中に雑然とおかれてある。殺風景な部屋。だけど、それ以外にも何か変だと思った。見慣れた"部屋"の雰囲気と何かが決定的に違う。何だろうと考えあぐねて、傍らの窓に目が行って、あっと思った。青い空しか見えない腰高窓。傍らによると、眼下に広がる緑の樹海。何か訝おかしいと感じたその原因。この部屋には角がない。円形の部屋。そう、ここはさっき見上げてた塔の頂上の部屋。

 ― 角がないだけじゃあない。

 もう一つの不審にも、すぐに気がついた。この部屋にはドアがない。自分は此処へ、どうやって入ったのだろうか。それとも入れられたのか? どっちにしてもどうやって? それより何より"出られないのか?"と思うと、何か急に落ち着けなくなった。こんなトコ、嫌いだ。こんなトコに居たくない。ねぇ、どこ行ったの? ずっと傍に居てやるって言ったじゃん。

 ― ………。

 墨に染まった綿みたいな真っ黒な雲がいつの間にかいっぱい敷き詰められていた空や、きれいな緑な筈なのに、どこか余所余所しいばかりで棘々しい森を窓から見回していると、梢の隙間に何かが動いた。金色に光った何か。僅かに覗いた地上に誰かが居た。

 ― ………あ。

 慌てて窓ガラスを見回した。開けようと思ったから。でも、これって枠ごと嵌まってて開かない。嵌めごろしになってるんだ。何でこんなに…こんな高いトコなのにこんなにも厳重なんだろ。忌ま忌ましくなって、それでも何とか声を張り上げた。

 ― 俺、此処に居るよっ!

 冷たいガラスを何度も何度も拳で叩く。あんなに遠くじゃ聞こえないかもしれないけれど。ねえ、俺、此処だよって、何度も何度も大声で叫んだ。そしたら、

   ………っ。

 凄い凄い。ちゃんと聞こえたんだ。だってこっち向いたもん。そいで、ふわって空へと舞い上がって来てくれた。翼もないのにこんな高いところまで飛べるんだぜ、ゾロって。

 「お前、
  そんなトコで何してんだ。」

 窓のすぐそば、空中で真っ直ぐに立って、ゾロはそんな惚けたことを訊く。いつもの黒っぽいシャツとズボン。さっき光って見えたのは、左の耳に下がった三連の棒ピアスだ。周りの、どこか威嚇的な緑とは種類の違う、見慣れた…温かい緑の髪をした精霊。俺なんかよりずっと大人で、凄っごく背が高くて、手も肩も胸板も背中も大きくて。凛と引き締まった、鋭角的?っていうのかな、ちょっと恐持てのする顔立ちなんだけど、今みたいなちょっと困ってる真顔なんかは、とってもきれいでカッコいい。…そうなんだ。ゾロ、窓越しに俺を見て、何だか困ってる。

 「どうやって、
  いや、何でそんなところに…。」

 俺にだって判らないやい。此処から出してよぅと、ゾロとの間に仕切りみたいにある窓をどんどんって叩くと、

 「判った、待ってな。」

 ゾロは右手を、自分の頭の少し上にまで振り上げて、そこに何かを呼び出した。大きな手の中から"パァッ"って眩しい光がほとばしって、その光があっと言う間に一振りの刀になる。あ、それ、見たことある。時々…ゾロが"邪妖"っていう悪いのを退治してる時に目が覚めることがあるんだけど、そん時に持ってる日本刀だ。全部が現れたその刀を、一旦、腰の左側に収めると、チャキッて音をさせて鞘から引き抜く。あ、そっか。その刀で窓を壊すんだ。そうと判って、だったら窓から離れとこうって思ったその時だった。

   ――― ………っ!

 カカ…ッて音がしたかと思ったほどの物凄い光が、窓全部、ううん、窓枠からも溢れるくらいに外の全部を真っ白に照らした。垂れ込めてた真っ黒な雲は雷雲だったのか。ゾロの姿も一瞬、光に飲まれて見えなくなったほどだ。雷だとしたら、嵐か何かが来るのかな。こんなトコ、早く出たい。ゾロと一緒に家に帰るんだ。そう思ってじっと見つめてると、ゾロも"うん"って頷いてくれた。そいで、手に持ってた刀をぴたって、正眼っていうのかな、真正面に切っ先が来るようにって構えたその途端…。


 ………っっ!!


 ………俺、息が止まった。心臓も止まったかもしれない。だって、だって、ゾロが…ゾロが………っっ!
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