■puppy's tail


□元気だよっ♪
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 都心からすれば随分と鄙びた、某保養地のそのまた"奥座敷"という辺鄙な場所柄。都心よりも標高もある土地なせいでか、季節はいち早く夏から秋へと移っており。朝の黎明の気配に気がついて、夜通し歌い続けた虫たちの声も、どこか欠伸混じりの間延びしたそれになりつつある。

 ― はうはう・わっふわふ…♪

 ひんやりとして心地いい涼気の中。たかたか・ちゃっちゃと、小さな足の先が時折 爪で砂利や小石を引っ掻く音を立てつつ、未舗装の道を軽快に駆けて駆けて。やがて見えて来たお家を囲う常緑の茂みに飛び込むと、瀟洒な屋敷の玄関前、自分用にと刳り貫かれた小さなドアから勢いよく飛び込んで。

「あらあら、お帰りなさいませ。」

 途中のリビングからツタさんのお声がしたけれど、ごめんね、今は急いでるの。立ち止まらないままに廊下を駆け抜け、たたた…と軽快に階段を上り詰めて。主寝室に飛び込み、カーテンを引いていてまだ薄暗い奥の間の、窓辺寄りに据えられた大きなベッドへ、フローリングを"たたんっ"と鳴らして、ジャンプ&ダイビングっ。

 「あんっ、あんあんっ!」
 「どぅわっ☆」

 胸板の真ん中、お見事に着地したその上で、はうはう…と鼻息荒く興奮気味に。薄い上掛けにくるまってまだ寝ていた旦那様へと、盛んにじゃれつくシェルティくんである。唐突に襲い掛かっただけでは収まらないのか、小さな前足で"たんたん"と広い胸板を叩かれ、引っ込まない爪のある前足で…ちょっとは遠慮しつつも"さりさり"と掛け布の上から引っ掻かれ。冷たいお鼻で頬を、柔らかい毛並みで首条をくすぐられ、おとがいやら顔やらをぺろぺろと容赦なく舐め回されて、

「…わ、分ぁ〜かったって。
 こら、ルフィ。」

 盛んに"起きて起きてvv"と訴えかける攻撃の元気さに、これは溜まらんとご主人様も、とうとうむっくり身を起こしてしまい、

「一体どしたんだ?」

 こちとら まだまだ眠気は満タンなんだぞと、鋭角的な目許を眇め気味という顔つきにて、長い腕で がっしとばかり、悪戯小僧の首っ玉を掴まえる。コリーとよく似た顔や体型、白いベースへ顔と背中に、多いめの黒と茶色が組み合わさった毛並み…をしているが。体つきは幾回りも小型だし、高い目のお鼻が中心になった、キツネ型の尖ったお顔の長さもちょこっと短い、所謂"ベビーフェイス"の愛らしいシェルティくん。逞しい腕で小脇に抱え込まれた、プロレス技で言う"ヘッドロック"の態勢にされてしまい、むぎゅむぎゅ・じたばた、もがいても暴れても後ずさりしても、まるきり抜けないものだから、

「わう、あんっ!」

 短くながら盛んに吠え立てるものの

「…それじゃあ何を言ってるんだか分からんてば。」

 確かになぁ。(笑) コントに見えるが、お互い、これでも大真面目。ベッドの主がそうと告げれば、長い毛に包まれたお顔を ついと上げ、真ん丸な瞳で見上げて来つつ。それから、

 ― ううう?

 かくりと。小首を傾ける仕草がまた何とも可愛いったら。ちょいと不機嫌に傾きかかっていた旦那様のお顔も、こんな動作を見せられては"くくっ"と吹き出さずにはおれなくて。判った判ったと腕での拘束を緩めてやり、ふかふかで つやつやな、まるで絹糸真綿のような手触りの毛並みを撫でてやりつつ、
「ほら。ルフィに戻りな。」
 愛嬌たっぷりの愛らしいお顔に囁きかける。すると、小さなシェルティくん。旦那様のお膝におもむろに上がって、向かい合いたる相手の肩へとひょいっと前足を掛け、小さな頭をそこへと載っける。それからそれから、

 《 くぅ〜ん…。》

 淡い光が放たれて、小さな体の輪郭を覆ってゆく。そして、その光の中で…奇跡の孵化が営まれる。
いかにもチョコンとした小さな前脚も、なかなかのバネを秘めた後脚も、するすると伸びて撓やかに、若木のようにすんなりとした四肢に育つ。小さくて短かった背条も、可愛らしいかいがら骨をあらわにした少年の背中にゆるやかな曲線の窪みとして浮かびつつ、細いうなじから小さな尻までするりと伸びて。ふかふかだった毛並みはすっかりと消え失せ、瑞々しくもなめらかで柔らかい、まさに生まれたての素肌が全身を覆っている。
頭にだけ残された ふかふかと指通りのいい黒髪の下、やわらかな弓形ゆみなりの線に縁取られた頬と小鼻、表情豊かなぷっくりした唇とがお目見えし、最後に、大きな琥珀の瞳が潤みをたたえてゆっくりと見開かれ、メタモルフォーゼは完成する。

"…ルフィ。"

 一糸まとわぬ愛らしき姿。秋とは言ってもまだその初めだからと、スエットのズボンに、上は薄いTシャツ一枚をパジャマ代わりに着ただけの胸元へ、愛しい少年のやわらかな温みが懐っこく擦り寄って来たりしては。先程までの、

 『なんつー起こし方をしてくれるんだ、
  こいつはよっ。(怒)』

 …とか何とか思っていたところの、起きぬけのお怒りも不機嫌もすっかりと払拭されるというもので。

 「おはよ、ルフィ。」
 「うと、おはようだぞ、ゾロっ。」

 えへへという満面の笑みにて、腕の中のその童顔が"ふにゃい"と蕩とろけんばかりの愛想をたたえれば、

 "〜〜〜っvv"

 もうもう このヤローが…と。逆の意味から"どうしてくれようか、この可愛い奴めvv"なんていう、甘い想いが胸いっぱいに満ちて来るから…新婚夫婦ってお手軽だよなぁ。(笑) まとまりは悪いが瑞々しくて指通りのいい真っ黒な髪を、その大きな手で撫でてやりつつ、
「珍しいな。先に起きたのか?」
 いい子いい子と あやしてやれば、
「おうっ!」
 それは元気で舌っ足らずな甘いお声が返ってくる。気候がよくなったせいなのか、このところのルフィは、かつてそうだったように先に目を覚ましては るうの姿になり、勝手にたかたかと朝一番の散歩に出ている様子。
「で? あんなに勢いよく戻って来たのはどうしてなんだ?」
 何か見つけたか、ゾロへと話したいこと、報告したいことがあったからだろうにと水を向けると、
「えと…。」
 またまた ひょこりと小首を傾げるルフィであり、
「…どした?」
 昨夜、ベッド下へ脱ぎ散らかしたパジャマの上を拾い上げ、小さな肩へと掛けてやりつつ、考え込んでる小さな奥方へと声を掛ければ。その愛らしいお顔を上へと向けて来て、

 「何を言おうとしてたのか、
  忘れちゃった。」

 「おいおい。」





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