PIECE MAIN


□きぃ。
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 海賊団の旗揚げ以来、最大級じゃないかというほど大きな大きなそれに遭遇したところの、大冒険と大決戦とにようようの終止符が打たれ、それに前後して加わったり離れたりしたその結果の"新しい顔触れ"が何となく落ち着いて来て、もう結構な日にちが経っていた。

 彼らが辿り着いていたのはログが溜まるまで4、5日かかる島で、已なく町に上陸し、宿に泊まって待っていたものの、丁度あと1日というその日は、皆していったん船へと戻っていた。宿や店々への海軍による臨検があったからで、出港の準備もあることだしと、さして面倒な運びではなかったのだが、


 「なんだ、こりゃ〜〜〜っ!」


 サンジの雄叫びでクルー全員が叩き起こされ、何事かと駆けつけてみれば、貯蔵庫の前に立ち尽くす痩躯を発見。
「一体どうしたんだよ、こんな朝っぱらから。」
「そうよ、サンジくん。」
 どこか寝ぼけ眼まなこなままのウソップやナミが非難したが、

 「…え?」「あら。」

 彼がその青い眸で見据えた先の貯蔵庫の中を見て、合点がいった。ジャガ芋やニンジン、タマネギにキャベツ。リンゴにオレンジ、チコリにアスパラ、etc.…。缶詰、乾物、調味料、酒以外の、常温、もしくは少々低温での保存食材を保管している貯蔵庫内は、今回の寄港で確かに補充した筈のそれらが見るも無残に荒らされていて、
「昨日の晩に最後のチェックをしたんですがね。」
 何しろ明日の昼か午前中にも出港だ。この地で過ごさざるを得なかった数日間の消耗分を再補給するために、昨日の内にあらためてチェックしたばかりだと言うサンジであるからには、昨夜はきっちり整頓されていたということでもあろう。
「鍵は? かけてなかったの?」
「一応、掛け金だけは…。」
 幾らなんでも調理前の食材をつまみ喰いする奴はいなかろうと、さほど厳重な戸締まりはしていなかったらしく、
「その掛け金、開いてたの?」
「いえ、何も考えずに扉を開けたんでよくは覚えてないんですがね。」
 習慣的な開け立てをこなしたということはかかっていたのかなぁ…と、そこいらの記憶は曖昧らしい。面目次第もございませんと、ひょいっと肩を竦めるシェフ殿で、
「密閉蓋で閉めた缶詰は無事。コルクの蓋つきビンに入ったものも無事ってことは、ネズミ…の仕業かぁ?」
 未開封ものは、各人の個室を仕切った時に適当に割り当てて自室へと引き取っているからここには置かれていない。ちなみに食料系の缶詰瓶詰、ワインやジャムに調味料は、サンジの部屋で備蓄されていたりする。修理用の備材に釘や工具、ロープにペンキなどはウソップとチョッパーの部屋。そして、住居用食器用衣類用に、洗顔・洗髪・入浴用と引っくるめての各種洗剤類や、ロウソク、ランプ用のオイルなどは剣豪と船長の部屋が引き取っている。女部屋のクロゼットには、予備のシーツやタオル、晒し布といったリネン類。そして、極寒もしくは灼熱の土地用の特別な衣類と装備が収められてある。残りの必要備品はそれなりに………まま、そういう説明も今はともかく。ザッと見回したウソップが言うように、野菜を中心に壊滅状態になっており、だのに、いったん開封された使いさしの缶ものビンものは無事。
「氷室はどうなの? そっちも荒らされてるの?」
「いえ、無事でしたよ?」
 先にキッチンに入って、作るものを決めるべく覗いてみるのはいつもの習慣。こっちの惨状を目の当たりにして初めてああまで驚愕したくらいだから、向こうは何の異常も無かったらしい。扉が堅くて開けられなかったのかもしれないが、となると、これは…草食系雑食で、少々非力な生き物の仕業と仮定しても良いだろう。
「…ってことは、ルフィの仕業じゃあないってことね。」
 ぽつりと呟いたナミの見解に、
「何だよ、それ。」
 ちょこっと物言いが出た。ここまでは他人事のように構えていた剣豪さんである。自分の目の届く範囲内での出来事なだけに、こういった…所謂"生活態度"に関わることで自分が庇護している人物を悪く言われるのは、自分を非難されるよりムカッと来るのだろう。とはいえ、
「だって、あいつがやりそうなことだもの。それに、あんたたち二人はずっと"留守番"してたんだし。実は昨夜一晩のことじゃあないのかも知れないなら、怪しまれてもしょうがないでしょうが。」
 公の場に貼り出される手配書の中、結構な懸賞金つきでこの度めでたく?剣豪殿までデビューしたとあって、ますます宿に泊まりにくくなった彼らで、
『素性を隠してても良い"あいまい宿"だと食事は出ないから、それも加えてとんでもなく高くつくし。』
 なんて不経済なのかしら、海軍も余計なことしてくれて…と、筋違いに憤慨するナミをまあまあと宥めたサンジが、一応の食事を朝と晩、わざわざ作りにくることで、彼らがこの船の見張りというお留守番をこなすのがセオリーになりつつある今日この頃なのである。まま、それはそれとして、
「でも、ルフィなら、果物はともかく生の野菜の丸かじりはしないでしょ? 仕入れたばかりのハムの塊りやソーセージとか、作り置きのパンやクッキーだとか狙うんじゃないの? それに、この何日かずっとやってたことなら、サンジくんだって毎日ここを覗いてたんでしょうから、今朝だけこんなに驚きはしないでしょうし。」
 ナミの言いようはもっともな御説で、しかも後半は"疑ってはいないのよ"という言いようだった。
「ただ、ここに駆けつけてないのは妙なことだけれど。」
 確かにルフィの姿だけがないので、だから最初は疑ってみた…と言われても理屈としての無理はない。
「そういやあいつ、どうしたんだ?」
 夜は一番に寝つくほどの昼型人間で、したがって朝には強い。サンジが上げた突拍子もない声がなくたって、そろそろ起床時間なのだから姿を現しても良い筈なのだが。ちょこっと怖がりん坊なチョッパーがしがみついてる脚の持ち主、ファンシーな水玉パジャマ姿な狙撃手が、
「…まさか、その謎の生き物に頭から食われたとか。」
 ぶるぶるっと肩を震わせる。草食系雑食で非力な生き物がなんでまた人を頭から食うのか、そこいらの理屈がよく判らないことを言い出すウソップはともかく、
「物見高いあいつが現れないってのは確かに訝しいな。」
 サンジも不審を感じたらしい。そして…皆の視線が自然なものとして集まった先、
「部屋にはいなかったんだが…。」
 ゾロが答えたその拍子に。

   (ゴソ………ガタンッ)

 ……………と。すぐ間近でそんな物音。途端に、
「ひいぃぃっっっ!」
 ちょこっとばかり臆病なウソップとチョッパーが飛び上がって抱き着き合い、全員が振り向いて見つめた先は、バケツやデッキブラシにペンキといった、こちらも封を切って使用中な雑貨あれこれを収納してある倉庫の扉だ。
「……………。」
 顔を見合わせ、ゾロとサンジが素早く扉の両側に立つ。蝶番のある側に立ったサンジが長い腕を伸ばしてドアノブを掴み、ノブ側に立つゾロが腰を落として…ちゃんと装備して来ましたの刀たちの内の一本を、鞘ごと少しばかり引っ張り出して、居合いの抜き打ちに構えて見せる。
「開けるぞ?」
「ああ。」
 ・2の3、っと、タイミングを測って開かれたドア。照明は落とされていて、ぽっかりと開いた穴蔵のような戸口からは中が見通せない。だが、不意に扉が開いたことで、中にいた"誰か"の側にはこちらの状況が伝わったらしい。
「あ〜あ、見つかっちまったか。」
 どこか暢気そうな間延びした声がして、薄暗がりの中から姿を現したのは、
「…ルフィ?」
 この船の船長さんにして、さっきから姿がないと訝いぶかしがられていたルフィだった…のは、まあ想定内。問題は、
「で? そいつは"どちらさん"なんだ?」
 彼の肩先に乗っかって、後足で立ち上がり"くしくし…"と小さな両手で頭を毛づくろいしている"毛玉"である。





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