PIECE MAIN


□Kindness
1ページ/6ページ



     1

 今日も今日とて良い日和。波を風を切って快走するゴーイングメリー号は、うららかな海上を軽快に進んでおり、航行計画の消化ぶりも至って順調だ。穏やかな陽射しの中を涼やかな潮風が吹きすぎるそのバランスがまた絶妙で、
「おうおう、ま〜た寝てんのかよ。」
 金の髪のその裾を時おり潮風に遊ばせながら、上甲板へと上がって来たコック氏がそこでの有り様へと苦笑して見せる。昼下がりのおやつ時。皆がキッチンへと集まって来ない時は配達(デリバリー)までやってしまう彼だが、決して奉仕の心からでは絶対なくおいおい、一番の食べ時を逃させることなく、口へ押し込んでやりたいからだとか。ナミは自室、ウソップも船倉の研究室に籠もっているため、まずはそちらを回り、それから残る2人と自分たちも同席しようと4人分をまとめて抱えて来た彼らで、

「気持ち良さそう…。」

 甲板に寝転がって恒例の昼寝中な剣豪を見やって、サンジと共に上がって来たビビがどこか羨ましそうな声を出した。今日はいつもの船端に凭れず、甲板の板張りの上へ大の字になって寝ているゾロだ。傍らにいたルフィが顔を上げるのへ、にっこりと会釈したビビ皇女は、サンジがアプリコットのタルトへサワーシャーベットを盛り付けている傍ら、4つのカップをトレイに並べて紅茶を注ぎ始める。料理全般、それが例えお茶一杯であれ、すべて自分の手で準備して出したがるサンジだが、さすがは王宮育ちだからなのか、ビビの入れたお茶はそんなシェフ殿でさえ"…おっ"と唸ってしまった逸品で。それ以来、彼女にだけお茶を任せることのあるティータイムになっていたりする。それはともかく、
「まるで"眠り姫"みたいですよね。」
 その淡い緑髪を温める心地のいい陽射しの中、それはそれは気持ち良さそうに眠るゾロの寝顔をやさしく見やり、そんな風な感慨を述べたビビへ、
「姫〜〜〜?」
 サンジが思いっきり目許を眇めて見せる。
「ビビちゃん、そういう例えはちょっと…。」
 た、確かに"姫"というのはちょこっと違和感が。『三年寝太郎』という御伽話は、この世界にはないのだろうか? 一方、
「眠り姫? こないだ聞いたやつか?」
 そうと訊いたのは船長さんで、相変わらず彼女から色々な"お話"を聞いている様子。
「あ、いえ、この前のは"白雪姫"でしょう? "眠り姫"というのは、魔女の呪いで糸車の針を刺してしまい、いばらの森で千年も眠り続けるお姫様のお話ですよ。今度お話ししましょうね。」
 今はお姫様シリーズなのね。次は『白鳥の湖』のオデット姫あたりかしら。人魚姫とかかぐや姫とか?おいおい
「けど、どっちも王子様のキッスで目を覚ますとこは一緒だよなあ。」
 美女へのキッスというシチュエーションにだろう、妙に嬉しそうなサンジの言いように、タルトを頬張っていたルフィが、ふと、注意を向けた。
「ふ〜ん。」
 ………って、ちょっと待て。この人の"ふ〜ん"は、いつだってロクでもないアイデアや言動に直結していたような。筆者がそうこう思っている間にも、ひょいっと腰を上げるとゾロの顔あたりの傍らへ移動して。そして、そのまま覆いかぶさると、分厚い胸板に手をついて、

  ………………っ☆

「おっ、ホントに起きた。」
 ルフィが声を出して感心したほどに、がばっと上体を起こして跳ね起きたその姿勢のまま、舳先の方へ逃げるように後ずさりした剣豪であり、所要時間は2秒もあったかどうか。しかも、日頃のクールでニヒルで落ち着いた様子はどこへやら、
「お、お、お前っ! いきなり何てこと、するんだよっっ!」
 これまで…海王類を初めて見た時だって、大クジラのラブーンにぶつかった時だって、こうまで驚きはしなかったぞというくらい泡を喰っている様子であり、
「だってビビがキスしたら目ぇ覚ますって。」
「言ってませんっっ!」
 だよなぁ。ムキになって首を横に振るビビであり、
「あ、そうか。そう言ったのはサンジだっけ。」
「だからっ、そういう風には言っとらんかったろうがっ! …って、お前もちっとは落ち着けっ!!」
 こめかみに怒りの血管を浮かせたゾロが、無言のまま引き寄せた刀の柄に手をかけるのを見て、待った待ったと広げた両手で宙を扇ぐようにして押し留める。一気に慌ただしく?なった只中で、張本人のルフィだけが異様なまでに落ち着いていて、
「ちょっと試してみただけじゃんか。そんな怒るなよ〜。」
 このお暢気な言いようだという事は…自分以外の人々の過剰な反応の真意が全然判っていないらしい。以上のやり取りから、誰が何をどう言って何をしたのか、それがなんとなく判ったらしい剣豪殿は、
「…部屋で寝てくる。」
 事態(コト)の起こりの張本人が、怒っても非難しても言って判るような相手ではないとの判断を即座に下したらしく、ついでにどっと疲れたらしい。どこかヨロヨロと立ち上がると、刀を手に男衆の寝部屋へ下がってしまった。そのあまりの傷心の様子に、まるで自分が加害者だと言われたような気がしたのだろう。…いや、実際にそうなんだが。
「なんだよ。ただ口と口をくっつけるだけのことじゃないか。」
 実に判りやすくプクーッとふくれるルフィだったが、
「いや…それだけじゃねぇんだって。」
 まったくだ。呆れ半分といった口調で呟いたサンジのその横で、
「Mr.ブシドー、大丈夫でしょうか。」
 色んな意味で傷ついたのでは…と案じるビビで。心配そうなその声音には、さすがにルフィも、
「…ちょっと見てくる。」
 食べかけのおやつを残して渋々と立ち上がった。




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ