■ルフィ親分捕物帖


□いらかの波と雲の波
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 五月五日は端午の節句。男の子が元気に育っていることを祝い、滝を駆け登る勇壮な鯉の吹き流しを、空の只中、風の奔流の中へと泳がせる。昔の暦の五月五日は、今の暦だと六月の中盤から末頃になるので、丁度夏を前にした梅雨の最盛期。菖蒲の湯につかり、笹の葉で巻いたチマキを食べるのは、どちらも殺菌作用があるからで。これからどんどん暑くなります、生まものを食べる機会も増えるから、中毒を起こさぬよう気をつけましょうねという意味合いもあるのだろう。



「い〜な〜か〜のな〜み〜と、
  く〜も〜の〜な〜みぃ〜♪」

 端午の節句を歌い上げる唱歌をそーれはお元気に口ずさんでらっしゃるが、
「親分、それも言うなら“甍いらか”だ、いらか。」
「え? 田舎じゃないのか?」
「田舎じゃあ意味が通じねぇだろが。」
「じゃあ、いらかってのだと意味が通じんのかよ。」
 つか、いらかって何? かくりこと小首を傾げる仕草が何とも稚いとけない、クリクリした大きな眸がチャームポイントの無邪気な彼こそは。此処、グランドジパングのお城下の治安維持を預かる、奉行所配下の同心・ゲンゾウ殿の手飼いの岡っ引き、麦ワラのルフィという、これでも新米ながら“親分さん”だったりし。日々、悪人たちの悪巧みからこの町を守るという崇高なお勤めにたずさわる、それはそれは頼もしい親分さんであるものの、
「なあなあ、いらかって何?」
「瓦のことだ、瓦。」
 そんなことも知らねぇのかよという呆れ半分、女物の細い煙管を咥えた口許をちょいと歪めて見せた、一膳飯屋の板前さんだったが、
「いらかって瓦のことなのか?」
「らしいぜ?」
 俺もよくは知らねと、軽やかに笑うところがなかなかの剛の者。料理にかかわることじゃねぇから、別に知らなくたっていいんだよなんて、胸張ってうそぶいておいでだが、瓦焼きそばなんてなメニューがある以上、知ってた方がいいんでなかろうか。ここはお城下の一番にぎやかな通り。小さな料理屋の前に出された床几に腰掛けている二人であり、ナミさんというまだまだお若い女将が切り盛りしている一膳飯屋の“かざぐるま”は、それは美味しい料理をリーズナブルな料金で提供している庶民の味方。季節の折々には行楽用の仕出し弁当も承っており、行事やお祭りが多いこの国ゆえ、たった一人の板前さんであるサンジさんは年がら年中忙しい身だが、お美しいナミさんのためならと文句も言わず、働き惜しみのないご奉仕に明け暮れている見上げたお人。…ちなみに、甍の方が本来の、屋根の上の瓦や“瓦葺き”を指す言葉であり、瓦は“かわらけ”つまりは“焼きもの”全般を指す言葉だそうな。瓶にも甕にも部首として使われてるでましょ? 
「瓦屋根の上を泳ぐところが、大きな川のさざ波に見えっから、そんな文句になってんだよ。」
「そっか。それで甍の波、なんか。」
 ふ〜んなんてそれらしい声を出しているが、どうせ来年になったらまた忘れて“田舎の波”と口ずさむに決まってる。そんなお暢気な親分さん、絣の模様の薄っぺらなお座布団にちょこりと座っていたその座面へ、お膝を抱えると足を引き上げての体を丸くして、

 「なあ、今日はサ、
  端午の節句だろ?」
 「ああ、そうだ。」
 「だったら、さ。」
 「ああ、今年も、
  定食には特別に、
  柏餅のおまけが付くぞ。」
 「えと…。/////////」

 何か言いたげ、でも、何だか気恥ずかしいか。そんな素振りをこの、腕白でお元気な親分が見せるのは珍しいことで。そんな奥ゆかしさへと苦笑した板前さん、
「判ってるって。柏餅とちまきと、重箱二段重ねにしてお取り置きしといてやる。」
「やたっ!」
 食いしん坊の親分さん、お菓子がからむ祭事を見逃すはずはなく。満面の笑みとやらをお返しに見せて下さったのへ、女性大好きを肩書にしておいでの板前さんでも、
“おややぁ?vv”
 なんて、まんざらでもなさげなお顔になったくらいだったから。お日様スマイル、威力は計り知れないということか。じゃあ仕込みがあるからと立ち上がった金髪痩躯のお兄さんに手を振ると、自分もぴょいっと床几から立ち上がり、午後からの巡回へと歩き出すルフィであり。

 「なんであんなサービスいいんだ?」
 「今日は特別vv
  それに、サンジは
  日頃だって優しいんだぞ?」
 「そぉかぁ?
  ただの女好きじゃねぇか。」
 「…妙なこと、詳しいんだな、ゾロ。」
 「俺に判らねぇことはねぇんだよ。」

 そういう割に、まず最初に何か訊いてなかったですか、お坊様。(苦笑) 不意にかけられたお声へ振り向きもしないで応じていた親分さんだったが、我慢も限界か“うくくvv”と楽しげに笑うとくるりと振り返る。今日は正確には“祭事”ではないが、それでも縁起をかついでか、お坊様には実入りのいい日なんだろう。托鉢に立ってたらしくっての、こんな昼間っから逢えたのへ、親分さんの童顔がますますのこと、いかにも幼い、素直な笑みに満たされる。
「今日が特別なのはサ、タンゴの節句っていう日だからだ。」
「そんなもん、和国の男の子は皆して祝ってもらえる日だろうが。」
 振り返って見上げたお顔は、声だけ聞いてたときから予想していたその通り、どこか不機嫌でございますという、立派なしかめっ面だった。
“なあなあそれって、判んないことがあるのが気に入らないの?”
 俺より子供みたいだな。
「…何だよ、その顔。」
「人のこと言えないぞ、ゾロ。」
 言い返したらば眉間のしわがなお増して、不機嫌さも増したってのが判ったけれど。気を取り直したか、ふいっとそっぽを向いて、それから。
「親分の食い意地に、あの板前、いちいち付き合ってんのか?」
 声は低いまま。あれれ? もしかして本気で怒ってないか?
「なあ。」
「え? あ、えと。だからさ。」
 いいお天気だから、向かいの呉服屋の裏庭に上げられてるこいのぼりの陰がヒラリ、道の上でも泳ぐ。矢車の回ってる下でたなびくは、五色の吹き流しとそれから、黒い真鯉に赤い緋鯉。小さい青いのは去年弟さんが生まれたからって増えた分。それをついつい見上げて、それから。

 「俺、
  端午の節句に生まれたからさ。」

 「…え?」

 今はどっかで武者修行中の兄貴がサ、まだ一緒にいた頃にいつも言ってた。こいのぼりがい〜っぱい町中に上がってる中、そりゃあ元気に生まれたんだぞって。
「兄ちゃんが言い触らしたんだろな。サンジだけじゃない、この城下の誰だって知ってるんだぜ?」
 うくくvvと無邪気に笑うルフィだが、

 “ああ、それは…。”

 無理から聞かされてのもんじゃなかろうよと、すぐさま思ったお坊様。だってこんなに、見てるだけで気持ちのよくなる笑い方をする彼だもの。十手なんてな怖いもの、腰に突っ張らかしてるのにね。通りすがりの誰もが笑顔で声をかけて来るほどに、皆から慕われてる岡っ引きの親分さん。

 「そか。親分はこの時期に生まれたんか。」

 ああそうだと、むんっと嬉しそうに胸を張る彼へ、ちょっぴり表情が薄くなった墨染めの雲水姿をしたお坊様、ぽつり、小さく呟いた。
「じゃあ俺とは半年違う訳だ。」
「んん? 半年?」
 ぼそりとした低い声だったけれど。立ち止まっての向かい合わせ。こんな間近だし、それに…聞き逃すはずのない声だもの。ちゃんと拾えたルフィであり、
「えと、ひのふのみの…神無月? へえ、秋に生まれたんだ、ゾロ。」
 わざわざ指を折って数えたところが、いかにもルフィらしい屈託のなさ。自分の手を見下ろして、それから…にぱっと笑ってその顔を上げる。他愛ないやりとりだってのにね、

 “う…。////////”

 あ、しまったな。なんで俺、自分の情報なんか言ったんだろ。役目柄もあるけど、こんな下んねぇこと、なんで。動揺してかすかに泳いだ視線の先、

 「えへへぇvv」

 それはそれは嬉しそうな笑顔に、視線が搦め捕られてしまい、

 「〜〜〜〜〜。////////」

 うわ、何だこれ。胸、落ち着けって、おら。思わぬところからいきなり陽が差したみたいな突然に、かぁって顔が熱くなる。
「ゾロ?」
「ななな、なんだ。」
「どうした?」
「ななな、なんでもない。」
 もう怒ってないのかな。一応は笑ってるしな。…口の端が引きつってるけど。まじぃっと見上げて来る大きな双眸に、はっきり言って圧倒されて。大の男がじりじりと後ずさりしかかったのだけれど、

 “あら、今逃げちゃったら、
  親分さんが可哀想。”

 怒ってみたり慌ててみたり。混乱させるだけさせといて、おっ放り出すなんて、
“たとえどっかの忍びが許しても、この私が許しません。”
 んふふんと微笑った黒髪のお姉様がいたのは、呉服屋さんのお隣りの甘味処の間口に近い席だったけれど。ことりとおぜんざいのお椀を置きつつ、そのお椀の縁をスルリと撫でれば、

 「…えっ?!」

 後ずさりしかかっていたお坊様の足首が、自分の陰から生えた手に掴まれてしまう。何だ何だ何ごとだと焦るそんな鼻先へ、
「なあなあ坊さん、もう怒ってないのか?」
 ずいっと見上げて来た幼いお顔。あああ、そんな近づくないって。///////
「なあ。」
「怒って…ねぇよ。」
 つか、親分さんへムッとしてた訳じゃねぇんだし。何だそりゃ。
「〜〜〜。///////」
「坊さん、顔が真っ赤だぞ?」
 俺にも何でだか判んねぇ。え〜、それってじゃあ病気かもしんねぇぞ? はあ?

 「青っ鼻の医者センセイに
  診てもらえ、なっ?」

 「あ、いや、病気なんかじゃあ…。」

 ないと思うんですけれどと、随分謙虚に言ったお声が、聞こえているやらいないやら。有無をも言わさずがっしと掴んだ大きな手、ぐぐいと引いて駆け出す親分であり。いつの間にやら足首の拘束も外れていての、引っ張られるままについてけば。目の先でパタパタと躍る麦ワラ帽子を見下ろしながら、

 “………ま・いっか♪”

 どうせ今は急ぎのお勤めもない身だし。こんなにもいいお天気なんだし。お誕生日が間近いらしき、無邪気な親分さんに付き合って差し上げてもいいんじゃなかろかと。ちゃっかりと他人のせいにして、その実、自分こそが楽しんだろうに、しょうがねぇなぁなんてな苦笑を浮かべたお坊様。風にたなびくこいのぼりみたく、風を切っての疾走を楽しむことと相成って。今日もまた、グランド・ジパングは平和なままに日を過ぎてゆきそうでございますvv



  HAPPY BAIRTHDAY!
         TO LUFFY!!






   〜Fine〜

   07.5.01.



つまりそういう頃合いに書いたわけです。(苦笑)

ちなみに、日本の風習では太陽暦に切り替わるまでのずっと、
“お誕生日”という感覚はありませんで。
お正月に皆で一斉に年を取る。
そこから来ているのが“数え年”ってやつですね。
おそらく太陰暦だと日にちで数えた同じ日が同じ頃合いには来ないから、
それもあって“生まれた日”を限定出来なかったのでしょう。(苦笑)


 

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