■ルフィ親分捕物帖


□甘いの辛いの
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 そりゃあ沢山の人口に満ち満ちていて、そのまま活気もあふれてる。そんな“グランド・ジパング”というお国のご城下に、いつだってお元気な、お元気がすぎて型破りな岡っ引きの親分さんがいた。その名もモンキィ・D・ルフィといって、先代からの名跡を継いでまだそんなに経ってもない、むしろまだまだ“駆け出し”で通るほどの若い衆だが、既に幾つものお手柄を立ててもおり。勢い余って物を壊したり、いつぞやなどは暴れ過ぎからお城の天守閣に穴を空けたりもしたほどだったが、それでも“善哉善哉♪”と甘やかす藩主様からの庇護もあり、事件とあらば脇目も振らず駆けつけるお勤めぶりで、ゴムゴムの技を駆使しては、悪党共をお縄にする活躍ぶりには、町の人たちも威勢のいい快哉の声を掛けるばかり。時々は多大なるご迷惑をかけもするけれど、陽気で明るいそのご気性が、町の人々からも慕われている、評判の親分さんなのである。

 さてさて。前回も何やらくだくだ並べたのですが、今回もまた、余計なお世話の余談を一席。

 このお話の設定はそうだってんじゃなさそうですが、まま、風俗的なところが重なるのでと。触れておきたくなったのが、お江戸の町家の暮らしのお話。江戸の町は当時の世界一の人口を誇った大都市であり、しかもしかも、色んなことがきちんと整備された、なかなかに優れものの町でもあったとか。例えば長屋ごとに井戸が完備しており、武家屋敷の多い町では各屋敷まで水を引いた、今で言う“上水道”も完備していた、とか。ごみの収集というのも決まっていて、月に何度という回収日がちゃんとあった、とか。長屋の大家と店子の関係にしてもお寺と檀家の関係にしても、そりゃあしっかりした結束があり、大家さんは何と、職捜しからお見合いの手配まで、店子からのどんなことでも相談に乗ってやり、ぶらぶらしている者や職に困っている者を放置などしなかったのだそうで。あと、捕り物でばかり引き合いに出されるお奉行所ですが、実は裁きの大半は民事訴訟系統のものが多かったそうで。つまりは、金の貸し借りとか、抵当にされた物品家屋に関わる権利問題などなど、そういう訴えを毎日次々裁いて(捌いて?)もいたそうで、それへの訴えには大家さんが原告本人の身元を証明するのも兼ねてお付き合いすることとされてたそうな。そんな具合で、市民生活へのフォローも万全とあって、だからこそ、人口が途轍もなく多くてもそれなりの整然さを保ったままに何百年も続いていられたのでしょうし、逆にいやあ、そんなところへまで目を配ってただなんて、将軍様はともかくも、奉行や何やっていう代々の執政官の方々も、町の大家さんもそりゃあ大変だったんでしょうねぇ。

 そんな風にして人が多く住むところなので、産業もどっちかというと、職人工人の物づくりや、はたまたサービス業にと従事している人のほうが多い。共働きも珍しくはなく、そんなせいか、夫婦ものでさえ自宅の土間や台所でご飯を炊くのは朝だけで、昼間は出先で、晩は屋台や店屋で済ます人が大半だったそうで。それで食べる物関係の物売りも多かった。地つきのお店はもとより、屋台を据えてのものもありゃ、ぼてふりといって、天秤棒の前後に縦に細長い箱を提げ、売り声も独特に売って歩くものもあり。季節ものを扱うものには、冬はおでんに燗酒といった熱いもの、夏は冷たい白玉やトコロテン、なんてのが定番…と思われそうだが、夏場でも熱いものは売っており。お腹を冷やさぬようにというのと夏ばてしないようにと、わざわざ熱いままの麦茶(麦湯)やあめ湯を飲んでいた。あと、暑さ負けのお薬“定斎”を売る定斎売りは、薬を入れた漆塗りの担ぎ箪笥をやはり天秤棒の前後に振り分けて担ぎ、速足で歩きつつ、その金具を調子を取って“かったかった”と鳴らすのが売り声の代わりだったとか。

 「おやっさん、邪魔するぜ。」

 冬の寒さは今が一番きついという頃合いだが、それでも宵が訪れるまでの暮れの明るさも随分と長くなった。黄昏間近いとはいっても、まだ陽は沈んでおらず。辺りも十分に明るいってのに、ちょいと場末の曲がり角にドルトンの親父さんの屋台がもう出ていて。だが、時刻を考えるとそんなに意外だと言うほど早くもない。

「おや、ルフィ親分。
 見回りですか?」
「まあそんなとこだ。」

 う〜寒いっと、腰掛けた床几の座面へまで足を上げてしまう彼であり、あんまりお行儀のいいこととは言えないが、きんきんとした寒さが足元から来るのだからそれも已無しと、屋台の主も苦笑混じりに見て見ぬふりをする。
「いつものでよろしいか?」
「おう、熱いのをな。」
 晩ご飯と夜食とで、日に4、5杯はお世話になってる熱々の蕎麦が親分の“いつもの”で。大柄でいかつい体つきとお顔をしてなさる主人、湯を沸かした銅壷の蓋を開けると、それは手際よく かけ蕎麦を作り始める。元はお武家でもあったのか、あんまり判りやすい愛想は出来ない、至って不器用なお人だが、立ち居振る舞いに機敏な冴えがあり。大柄だと細かい身動きが鈍重にもなりそうなところ、実に切れよく手順をこなす。蕎麦の他にも季節に合わせたものをおいており、今だと湯きり銅壷の隣りでおでんもくつくつ煮えている。暮れなずむ中に立ち上る、いいおダシの匂いと白い湯気が、売り声など立てずとも客人を招くようで、
「へい、お待ち。」
 よくよく見れば縁の掛けた、されど使い込まれたところもまた味のうちという風体の、ごつい丼、勿論の中身いりを目の前へと置かれて、わくわくと箸を手にした笑顔の親分のすぐ隣り、

「…酒はあるかい?」

 少々ぶっきらぼうな調子ながら、次のお客が腰掛けつつの声を掛ける。

「ございますよ、
 燗をつけましょか。」
「頼む。」

 いつだって腹ぺこな親分が、出来立ての美味しそうな食べものを前にしてそれ以外へと関心が向くということは、犬が逆立ちして目の前を通り過ぎようと、住まいを置く長屋からの不審火が出ようと。藩主様のお命に関わるような一大事が持ち上がろうと、お天道様から大量の餅が降って来ようと…あ、それだと案外と判らないかも知れませんが。(おいおい) まず滅多なことではその食い気が逸らされることはない筈だというのに。

  「………んんんっ?!」



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