■大川の向こう

□夏の名残りの
1ページ/3ページ



そこは川の中洲に古くからある土地で、
そんなせいか、年中 水の香りがして、
里の中を吹き抜ける風が心地いい。
小さな波止場には、
川向こうの町とを
結んで行き来する艀(はしけ)が停泊し、
そこからの
ゆるやかな傾斜の坂を上れば、
道の両側には家々を囲う
石垣やら生け垣にとりどりの緑が覗き。
夏はキョウチクトウの鮮赤と緑が、
青い空との拮抗も逞しく映えていて。
時折思い出したように
パタパタと駆けてゆく子供らの、
石畳をはたくような靴音が響くほかは、
あちこちから競うように聞こえる
蝉の声しか立たぬ、
どこかのんびりした時間の流れる、
鄙びた田舎町。

 「おーい、ルフィ〜。」

白っぽく乾いた坂を上り詰め、
幼なじみの家まで辿り着いた
いが栗頭の少年が、
ブロック塀の門柱のところから、
そんなお声を掛けやった。
彼の方の自宅は、
昔っから営んでいる
製粉業の都合からか、
坂の下の方にあるけれど、
こちらのお宅は、
川を行き来する船の融通を利かす
お仕事をこなしている関係で、
大川のご機嫌を読む必要から
坂の上にあるのが対照的で。
いつもだったら、
約束があろうがなかろうが、
こっちのお宅の小さな末っ子、
坂をパタパタと下って来、
波止場前から
別の辻を少し登り直すという
手間をも惜しまずのほぼ毎日、
年上のお兄ちゃん目指して
遊びに来ているものが、
今日は
いつまでたってもやって来ない。
夏休みなんだから
寝坊してんじゃないかと、
トースト齧りつつ姉は言ったが、
その夏休み中のずっとを
朝も早よから来てたのに。
あと数日で
ほぼ終わろうって今頃にやっと
それってどうかと思い、
ともすりゃ一緒に食べることも
珍しかなかった朝ご飯を
もそもそ食べて、
一緒に見てたんで習慣になってる
朝のアニメを観終わって、
それでも来ない
幼なじみが気になったゾロ。
どこへとは言わずの
“行って来ます”と家人へ声かけ、
自分チからのまずはの坂を下りてったワケで。
こめかみ辺りを伝う汗を、
日焼けした手の甲で拭うと、

 「ルフィ〜。」

名前だけの呼びかけを繰り返す。
約束がないのはお互い様だし、
何かにへそ曲げた坊やを宥めてほしいと、
こちらの家事をこなす
お姉さんから呼ばれることだって
あるくらい。
遊びましょという声かけは、
ちょっと恥ずかしい年頃だったので、
何度か名前だけを
呼びかけていたのだけれど。
坊や本人どころか、
家人の誰も出て来ぬ様子。
昼前だからお買い物かな?
それとも川べりの事務所の方に、
大人は皆して出てっているのかな?

 「る…、?」

も一回と呼ばわりかかった
自分の声をふつりと制し、
じーわじーわと
うるさいばかりな蝉の声を聞く。
いやさ、
その向こうに別の音が立った気がした。
言葉にならぬ、
物音のような声。
あーう わーうと
猫の子が吠えるような声。
滅多に聞けぬそれだから、
思い出すのに間がかかったけれど、
想いが至ればそこからは早くて、
あっと言う間に
門の中へと飛び込んでいる
ゾロだった。
川の向こうの
こじゃれた分譲住宅みたいに、
どこの家も同じ造りという
ずぼらはなくて。
こちら様のお宅は、
母屋の南に
物干しを兼ねた小さめの庭がある。
目隠しを兼ねたものか
端っこには
小ぶりなキンモクセイが植わってて、
秋にはいい匂いがするのだが、
今はまだ緑の葉っぱだけ。
その木の根元、
青々とした芝草の上に座り込み、


 「……ルフィ。」


幼なじみの坊やがうずくまってる。
赤いタンクトップには、
どこか外国の
バスケチームのそれだという
ロゴが刷られてて。
勇ましいはずのいで立ちが、
だけども今は…
せぐりあげの震えを
見せるばかりだもんだから。
小さな肩の細っこさが、
ますますのこと頼りなく見えた。
ここんちは男兄弟なのに、
あんまりお下がりを
着せられることはないルフィ。
体格が違ってサイズが
あまりに合わないのと、
ワイルドな腕白という
野生児だった兄のエースとは
微妙にタイプが違い、
そりゃあ愛らしい風貌を
していることを愛でた父上が、
赤が似合うからと言って、
次々買って来てしまうかららしく。
まあ確かに、
日頃ばたばた駆け回る姿さえ、
稚(いとけな)さが際立つ
愛らしさなのは否めない。
本人は兄へ続けと
ワイルドを目指しているようで、
お兄さんの真似か、
一丁前な口利きをすることも
あるけれど、
舌っ足らずな物言いは、
大人たちからは
微笑を誘うばかりと来て。

 「ぞろぉ〜〜〜。」
 「どしたよ、ぽんぽん痛いのか?」

くしゃりと歪んだ幼いお顔。
やっと訊いてくれる人が
現れた安心と、
我儘ぶつけられる胸、
来るの遅かったぞと怒る小さな拳と。
それでも小さな“ぐう”は
すぐにもほどけて、
わーん、あーんと愚図るの再開。

 “…う〜ん。”

何でまたと訊き出すの、
こりゃあ骨が折れるかもと案じたが、

 ―― かさり、と

すぐの間近から立った
物音があって。
それへと視線を投げたゾロ、
はは〜んとすべてを把握した。
庭へ降り立つための
大きな靴脱ぎ石の傍らに、
こてんと横になって
転げた木箱があり。
その傍らで、
戦利品のかまぼこ板に
じゃれているのは、
つややかな毛並みの、
黒っぽい縞のトラねこだ。
ここいらじゃあ他には見ない、
金のペンダントトップを下げた
首輪が目印の、

  ナミんチのミィミだな。
  おお。

気の強いナミが、
賢い良い子と
甘やかしまくりで
育てたもんだから、
ナミ以外の前じゃあ、
とことん我儘だし
悪戯しまくりのとんだ魔性猫。
すばしっこいので
誰にも捕まえられないまんま、
中洲の中では
やりたい放題していたものが、

 『キャーッ、
  なになに、
  ミィミどうしたの!』

尻尾には
立て結びのリボンを3つ、
首輪には
『わたしは悪戯しまくる
 悪い子です』との
前掛けつけられ、
よたたと家へ戻ったのが発見されて。
誰がやったかは知らないが、
ちょこっと
胸がすいたという人が
結構いたもんだから、
しばらくほど
ご町内の話題になっていたけれど、
それはまま後日のお話。

 「せっかく、
  マキノ、さんっが、
  板、集め、て、
  くえたのにぃ。」




次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ