■大川の向こう

□大川の向こう 序
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小さな町の小さな学校。
校庭や正門に植えられた桜は、
とうに葉桜になり始めていて、
次はというと、
昇降口までの斜面(なぞえ)に居並ぶ、
白や赤紫のツツジが
順々にほころび始める頃合いだろか。
ちょっぴり
ぐずついた天気が続いたものの、
今日はやっとの晴れ間になって、
連休はどうするなんてな話題が弾む。
そういう時間帯なのか、
ランドセルより
肩下げ型やスポーツバッグを提げた、
ちょっぴり大きい
お兄さんお姉さんたちが
連れ立ってやって来る小道の傍に、
ちんまい男の子が一人、
ちょこりと立っており。
Tシャツとその上へ重ね着た、
まだそんなにも
洗いざらされてはない
木綿のパーカーはどちらも大きめで。
この春に買ったばかりの
新しいものらしく。
逆に履き慣らしていて
お気に入りらしい半ズボンからは、
ひょろりとしたあんよが伸びており、
お膝がかろうじて判るほど
寸が足りないバランスなところが、
西洋のビスクとかいう
お人形さんのよう。
真っ黒な髪はまとまりが悪そうながら、
ふわふかと柔らかそうでもあって。
黒みが強くて
潤みがかった大きな眸が
いかにもあどけなく、
まだ幼稚園生くらいだろうか、
あまりに幼いものの、
迷子ではないのか、
不安そうにおどおどとはしておらず。
むしろ 誰か待ってでもいるものか、
時折つま先立ちまでしては
通りの向こうを眺めやっているのが、
何とも かあいらしい。
待ち人はなかなか来ないのか、
時々羽二重餅みたいな頬を膨らますと、
小さいあんよに履いた、
仮面ライダーのプリントがされた
運動靴の先っぽを、
傍らの縁石に
こつこつとぶつけたりして、
不貞腐れておりますという
仕草を見せるのさえ、
何とも言えず愛らしく。
ここが都会であったなら、
危ないから誰かついててやれと、
ご町内の大人が見るに見かねて
ハラハラしてしまうところだが、

 「あら、
  ルフィちゃんじゃないか。」
 「どした? お使いか?」

通りすがりのおばさんたちが
気さくにお声をかけてくださる。
ご町内やご近所界隈の
子供の顔は
全部知っているのが常識という、
昔はそれで当たり前だった気風が
まだ何とか残っている町であるらしく、
それでなくとも愛らしい坊やだから、
それで有名でもあるらしいのだが、

 「一人で川越えして来るなんて、
  ガッコでいけないって
  言われてないかい?」

ちょっぴりお叱りめいた
お言葉が降って来たのへは、

 「…おねいちゃんと来た。」

禁止されてる
いけないことだってのは
判ってるけど、
でも決まりを破ってはいないもの、と。
一丁前にも
そんな屁理屈を持ち出しかかり、
そしてそして、

 「…っ!」

やっとのこと、
お目当てが来たのだろう。
おばさんたちには目もくれず、
あっと言う間に
そちらへ向かって駆け出す
近眼さが何ともお子様らしくって。
これと叱るより、
そんな坊やの駆けてく先へ、
ああ成程という苦笑が洩れた
お母さんたちだったのは、
それへ合点が行くところまで
知れ渡ってる、
彼の“相棒”の姿が
やって来たからに他ならない。

 「ぞろっ!」
 「………ルフィ?」

いが栗頭…とまではいかないが、
随分と短く刈られた髪形の、
こちらさんは
ずんと背丈もある上級生が、
お友達だろうか、
同じくらいの年頃の男の子と
やって来ており、

「どした、お前。」

  「ゾロのひきょーもんっ!」

彼にしてみても
意外なところで
出会った相手だったから、
何事だと訊きかけたその声を遮って、
坊やの金切り声が周囲に鳴り響く。

 「ひきょーもん?」
 「おお、ひきょーもんだっ。」

罵倒句を口にしていながら
大威張りで胸を張る坊やだが、
それに対して…
向かい合う男の子もまた、
腐された割には、
言われのないことをと
焦るでなし怒るでなし。
飄然としているところが、
何とも大物然として見えて。

 「もしかしてお前、トロくね?」

こんなおチビさんに怒鳴られても
その反応ってナニと、
連れの子が呆れたのへは…
がつっと裏拳を
お鼻へお見舞いした素早さが、
そうではないことを
鮮やかに物語っており、

「〜〜〜ってぇーーっっ!」

痛い痛いと呻いているのをも
意に介さず、
ご当人はその、
むんと胸張って仁王立ちしている
おチビさんの方へと向かい合う。

 「で?
  ひきょーもんってのは
  何でなんだ?」

いきなり
“何いちゃもんつけてやがるっ”
という種類の
お怒りが沸かなかったのは、
坊やのお言いようの意味が
判らなかったからでもあって。
これで結構、
あれで良く通じてるわねぇと
坊やの家族からまで感心されるほど、
言葉要らずな二人だったが、
さすがに…半日以上
会わない間合いが挟まったその上で、
いきなり
“ひきょーもんっ”と来られても。
心当たりがないから尚のこと、
何が何やら判らないというところ。
お膝に手を置き、
んん?と真っ正面から
お顔を覗き込んできたお兄ちゃんへ、

 「う〜〜。///////」

坊やが大きなドングリ眸を
ますます潤ませたのは、
自分の言葉足らずが悔しかったか、
それとも…

 「ばかゾロっ!」

わぁんっと泣き出しながら、
それでも
小さなお手々を伸ばして来、
相手だってさほど
頼もしい体格ではない
その首っ玉へ、
えーいと飛びついたのは、あのね?

 ― ホントの気持ちが、
   正直なところが、
   押さえ切れなくて
   出ちゃったってところかと。


「だってさ、だってさ、
 オレやっと
 しょーがっこに
 上がったのによ。
 ゾロはガッコに
 いねぇんじゃんかよ。」

「ああ、それか。」

「どして5年になったら
 ちがうガッコなんだ?」

「さあな、どしてだろうな。」

二人が住んでる小さな村は、
広い広い川の向こう。
小学校もあるにはあるけど分校で、
しかも年々
生徒数が減って来たものだから、
数年ほど前からのこと、
五年生になったら
隣町の本校へ通うようにという
決まりが出来た。
毎朝通勤客に混じって
渡し舟に乗って隣の町へ、
時間にすればほんの数分だが、
間に横たわる大きな川は、
船に乗らなきゃ
渡れぬ絶対の障壁で。
しかも小さな子供は
大人と一緒じゃなきゃ
乗ってはいけないのが、
これも決まり。

  せっかくサ、
  朝からはガッコに行ってるゾロと
  やっといっぱい
  いっしょにいれるよになったって
  思ったのによ。
  オレも一年せーになったぞって、
  ビックリさせよーと思って
  ナイショにしてたのによ。

  そか、内緒にしてたんか。

そんなくらいは
五年生には判ろうものだろに、
小さな坊やなり、
頑張ってサプライズにしようって
企んでたらしいのが、
幼い思いつきだからこそ、
何とも言えず かあいらしくて。
それへと、

 「ビックリしたか?」
 「…ああ、びっくりしたさ。」

しがみつかせたまんまの
小さなまんまる頭を、
こちらさんは…
竹刀を握り続けているそのせいで、
早くも少ぉし
骨張って来た気配のある手で、
わしわし撫でてやり、
そんな風に応じてやるところが
何とも大人じゃああないですか。
途端に坊やのお顔が
ぱぁっとほころび、

 「そか。ならいいvv」

喜色満面、
音がしそうなほどの
笑みに満たされる。

 ― さあ、帰ろうか。

   おおvv
   あ、あの人いいのか?

   あ?
   ああ、ウソップ、
   また明日な。

   お〜…。

お手々つないで桟橋まで、
そりゃあ仲良く歩き出す二人連れを、
誰がどうやったら止められましょうや。
夕焼けこやけには
まだちょっと時間があるので、
お家にカバンを置いて来たら遊ぼうね?
大きな川の瀬の音にも負けず、
坊やの声が弾んだ
昼下がりのひとこまでした。




  〜Fine〜

   08.4.19.


 

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