■月夜に躍る

□宋七彩とお散歩
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 秋もほど良く深まって。今夜もまた、月の綺麗な晩である。昔から、秋の空や夕映え、月が殊の外に綺麗だと言われているのは、空気が冷え始め、しかも乾燥するためで。そのせいで澄み切った状態になり、秋の空は高く見えるし、波長が長く、屈折度も大きい赤の光を遠くまで届けられるようになるので夕焼けがスペクタクルなのだとか。(夕焼けの方に関しては、沈む時の各度も関係しているんですがね。)冴えた月に関しては、それらに加えて。過ごしやすい時候になる夜長、ついつい夜更けまで起きているので、綺麗なお月様を拝む機会も増えるため、その美しさに尚のこと、感嘆してしまうのでもありましょう。そんなお月様が見下ろす人間たちの世界の、近年の世相や何やといえば。相変わらずに落ち着きがなく、派手なドタバタも起こっている模様でございまして…。





  【待てっ!】
  【そっちへ行ったぞっ!】
  【捕り手を集めろっ!】


 マイクが拾った声が不意に騒然とした高まりを帯びたが、活気を帯びたこんな声を聞き取れた…と思ったのも束の間で。スピーカーからの音声は、またぞろボルテージを下げてしまい、環境音レベルのさわさわとした曖昧な音へ沈んでゆくばかり。とうとう追い詰めたのかとドキドキしたが、足場が悪かったか、それとも相手の素早さに追いつけなかったか。姿か気配を感じた途端、そのまま夜陰へ没してしまった相手に体よく振り切られたらしい模様。何物かを追っている人々の声や気配を警察無線の無断傍受にて聞きながら、彼らが見失ってしまった“対象”の姿を…高感度カメラが捉えてきっちり把握出来ている映像が、やはり手元のモニターには映し出されており。妙な取り合わせの、ある意味“完璧なる”情報を得ているスタッフたちは、それだのに…現場にいる訳ではないその上に、手が出せないのみならず、この情報を逮捕に活かしてもらえない、そんな自分たちの身を狂おしく感じてただただヤキモキしているばかり。

「もうちょっとだったのにな。
 見たろ?
 今、フェンスの上にいた。」

「ああ。
 あれは挟み撃ちの
 しようがあったぞ。」

「声に引っ張られて
 直進しないで、
 手前の路地の方へ
 半分は回れば良かったのに。」

 くぅ〜〜〜っと歯咬みし、惜しいなぁとテーブルを叩きつつ。現場で直に駆け回ってる人たちの苦労も知らないでの、勝手なお言いよう。

「大体サ、
 何でこっちの情報を
 利用してくれないんだろ。」

「だよな〜。
 こんな判りやすい
 “今現在”の映像
 そのものなのによ。」

「これを見りゃあ、
 どっちに逃げるかとかって
 予測だって立てられようになぁ。」

「言うなよ。
 部長が直々に
 お叱りを受けたんだから
 仕方がない。」

「あれだろ?
 信用してないって言うよか、
 それなりの審査を通ったものしか
 使えないんだ、お役所はよ。」

「GPS搭載の追跡カメラをか?
 交通課も
 試験的に使ってるらしいんだぜ?
 これ。」

「だからさ。
 そういうデジタルなものは、
 幾らでも
 加工した嘘っこの映像を
 作れるんじゃねぇかって、
 聞いた風なことを言い出した
 トンチキがいるらしいぜ?」

「は? いい加減な
 偽の情報なんぞ撮っても、
 俺らには何の得にもなんねぇぜ?」

「今時、
 ベタな“やらせ”なんかしたって
 絶対バレっからな。」

「それに、
 こんなのCGで作ろうと思ったら、
 どんだけ費用食うかだよな。
 地元の実在の町や通りだっつっても、
 一昨日の台風通過で
 随分あちこち
 様変わりしちまってるから、
 前に撮った映像を持って来て
 加工しても
 すぐボロが出るってのによ。」

「だからよ、
 科研や鑑識関係者ならともかく、
 そんな理屈判ってる奴なんて、
 サツの現場には
 まず一人だって居ねぇっての。」

「っていうか、
 警察の動きも
 向こうに筒抜けにされちまうって
 思ってんじゃねぇの?
 上の人とかが。」

「どんなシステムだよ、
 そりゃ。」

 逮捕劇に参加出来ない身を持て余しつつも、彼らにはまだ別な光明が残されており。今世紀最大の衝撃映像…というのは ちと大仰だが、それでも。この、ドキドキするような“実況ライブ”映像を。この大事件の一部始終を一瞬たりとも途切れさせずに追跡撮影中の彼らであるということ。
明日の朝にでも、市民の皆様…いやいや、もっと広域のネットに乗せて、全国津々浦々の皆様の前へと公開するに及んだその暁にはっ! 
あの衝撃の映像を撮ったのは誰だ、一体 何処の局のクルーたちだと、世間様から騒がれ、持て囃されて、一躍“時の人”となるのは間違いないと。
ケーブルテレビ局のクルーたちがわくわくと、この一大スクープに心躍らせつつも、数台の無人追跡カメラによって送られる映像から視線を離さぬよう、躍起になって集中している。
彼らには疑いようのない“真実ホント”。でも、警察当局にはまずは疑ってかからねばと警戒させ、その結果として…こんなに便利なものなのにも関わらず、形式を踏んだ下調べが済んでないものであるがゆえ、どんなトラップが仕掛けられているか、どんな手落ちを後々追及されるか判らないからという点を恐れて、迂闊に手が出せない…なんていう。
一種“混乱状態”とも言えるような、困った状況を追跡班に招いている。こんな尋常ならざる混乱を、テレビクルーたちはともかく、その筋の究極の専門家、身柄確保に際しての様々な権力を持ってさえいる警察を易々と翻弄しているほどの…凄腕の大怪盗。


 「大剣豪、
  健在なりってか♪」


 その強かな姿がビルの屋上をひらりひらりと渡っており、一番見晴らしの良いところへ軽々と飛び上がったところで月を背にして逆シルエットになる。特に焦りもせぬままに、悠然と眼下を見下ろしているという様が、それは絵になる構図になっており。モニター画像の中にそれを確認し、まるでドラマか映画のアクションを見るかのような、鮮やかでお見事な大胆さへと何とも余裕の逃走ぶりへ、思わずの溜息が洩れたTVクルーさんたちであったそうな。





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