■月夜に躍る

□東風一迅
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 ここいらは年がら年中 潮の香りの載った風が吹き寄せる街だが、頬を髪を擽って吹きすぎてゆくそんな風も、この何日かは甘く暖かいそれになった。もう随分と年期の入ったアスファルト敷きの、店の前の小路を手際よく掃きながら、新しい季節の到来を告げる風の匂いなんぞに気がついて、

 "気候が良くなれば、
  そろそろ春先の
  旅行シーズンに入るなぁ。"

 またぞろ忙しくなることを、だがだが仄かな苦笑混じりという余裕の下に考えていた豪気なマスターさんが、

  "…おんやぁ?"

 たまたま視線を留めたものへ"あれれ?"と少々怪訝そうなお顔になった。動かしていた箒を止めて、咥え煙草を手に摘まみ、スレンダーな肢体を包む白シャツの腕まくりというさっぱりとした恰好の、その背中をぐいと伸ばして見やった先には、

 「…『くそう、降りて来ないかっ。
  怪盗めっ!』」
 「『ははは、
  言われて従う泥棒がいるか』…
  えと『残念だったな、警察の諸君』」

 何となく奇妙なイントネーションにて、しゃちほこ張った声音での問答をしている連中がいる。片やが、その目許へスカーフにサングラスをセットした"覆面もどき"を巻いた黒ずくめ装束の人物で、ここの通りの入り口辺りにて半身を返して、追っ手に向かって随分と偉そうな啖呵を切っており、それへとスリコギ棒のような棍棒を構えて向かい合うのが、数人の制服姿の"捕り方もどき"たち。

「それでは警部、さらばだ。」
「あ、待てっ!」

 いかにも芝居がかった言いようでの問答は、そんなやり取りで終しまいならしく、

  「よ〜し、カットぉっ!」

 ぱんっと手を叩く音がして、通りの向こう、捕り方役の面々の後ろから見慣れたお顔がこちらへと駆けて来るのが見える。

 「サンジ、サンジっ。
  お昼食べに来たぞvv」
 「…ああ。用意は出来とるが…。」

 金髪のマスターさんへ はしゃぐようにまとわりついて来たのが、まとまりは悪いがつややかな黒髪を風になぶらせ、丸ぁるいおでこを全開にした、大きな瞳も可愛い彼の弟御。只今、春休みの真っ最中である、ルフィくん17歳。そんな彼が、
「皆、こっちだぞ?」
 さあさ、入れよと招くように背後へ大きく手を振って見せて呼び寄せたのが、先程まで何やら芝居がかったやり取りをご披露していた連中であり、

  「こんにちは。」
  「初めまして。」
  「お世話かけます。」

 ご挨拶はちゃんと出来るお行儀のいい子たちばかりなものの、

 「…な〜にをやっとんじゃ、
  お前。」

 坊やたちが"準備中"という札を下げた店の扉を入って行ったその後、最後に続こうとしかかった弟さんの後ろ首を捕まえたお兄様であり、
「何って、撮影だよ。」
 お洋服の後ろ襟を捕まえられたルフィは、だが、悪びれもせず、
「新学期早々に新入生勧誘のクラブ発表会があるんだけど、そこで観せるのを撮ってるんだ。」
 にっぱり笑って見せたのだけれど。

 「兄ちゃんの気のせいかな、
  題材が何か…
  穏やかな代物じゃ
  なかったような
  気がするんだが。」

 相手の眼前のすぐ間近までわざわざその眇めた視線を下げてくださった、上背のあるお兄様が…何を訊きたいのかは、弟さんにもあっさりと通じたらしく、

 「おうっ!
  怪盗"大剣豪"が主役の
  大活劇だぞ!」

 どーだ、凄いだろ〜vvとばかり、楽しそうに"えっへんvv"と胸を張るルフィに、
「………お前はよぉ。」
 こちらは頭痛がしたらしきお兄様。色々な意味合いや方向から、言いたいことが山のように喉元まで浮かんで来ているらしく、麗しき金髪の陰にて細い眉をぎゅぎゅうと顰めると、
「あのな…。」
 口火を切ろうとしかかったものの、

「話はあとあと。
 俺もみんなも腹減ってんだ。」

 だから早くご飯にしてよぉと、大きな琥珀色の瞳をうるうると潤ませる坊やには、
「う…。」
 相変わらずに勝てないらしきお兄様であり、やれやれ…と いからせかかった肩を落としつつ、

「わぁ〜った。
 ともかく、とっとと飯を食いな。」

 確かに話は後だとばかり、疲れたように眸を伏せながらも、吊り上げかかってた弟さんの後ろ襟から手を離す。やたっ!とはしゃいで店の中へ駆け込んでゆくルフィの後へ続きつつ、
"…ったく、春先からこの騒ぎかよ。"
 相も変わらず、兄であるこの自分の意図するところから、どんどん外れたままに突っ走ってるらしきルフィであり。年明け早々にも珍妙な鬼ごっこを繰り広げてくれた弟なだけに、一応の覚悟はしていた筈なのだけれど、
"気の休まる暇もないんだからな。"
 これで学校にまで影響出しやがったら今度こそ意見してやると、最後の溜息をつきながらも、可愛い弟くんとそのお友達への昼食のお給仕にと、気持ちを切り替えるお兄様だったのである。
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