■月夜に躍る

□鬼ごっこ
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 港町の新しい年は、カウントダウンが尽きたと同時に、一斉に鳴らされる汽笛で迎えられる。停留中の全ての船が新年を祝って鳴らす様々な汽笛の和音が、昔から続く伝統のセレモニーであり。


 ……そして。
   それを合図にするかのように、
   とある方々の
   奇妙なゲームも
   幕を開けたのであった。



     ◇


 場末の小さな喫茶&スナックの店"バラティエ"は、クリスマスもお正月もその扉を閉めることなく、平常どおりに営業していた。ここいらが不思議な勢いで観光地化しつつある原因を秘かに作ったとされている店なだけに、観光客、それも女性客がメインの来客が引きも切らずで。それがために閉めてる場合ではなかったと言うのもあったが、もう一つ。どうあっても閉められなかった理由があったりする。

  "…ったくよ。"

 元来がこの痩躯に見合わないほどタフな方だったし、店を開けていれば…目の保養に十分なレイディたちが頼みもしないのに多数ご来店して下さるようになったので、別に"骨休めしたぁ〜い"という悲鳴を上げるほど疲れちゃいない。だというのに、何だかやっぱり。面白くないオーナー様であるらしく、その原因は…やはりやはり、

「…よお。」

 キィッと小さくドアを軋ませて、開店前の店内へ堂々と入って来たとある客人のせい。細いめの眉と切れ長の青い瞳を、さらりとなめらかな金色の前髪の陰にてちょこっとばかり潜めて見せて。いかにも忌ま忌ましげなお顔になるのは、ともすれば これまでとさして変わらない応対なれど、

 「ま〜だ捕まえとらんのか、
  お前はよ。」

 掛けたお声の様子が…いつもとは ちと違うような。がらんとした店内を真っ直ぐに横切って、不機嫌そうなお顔になったオーナーのサンジさんが内側に立つカウンターまで。重たげなワークブーツをごとごとと…彼には珍しくも音を立てさせつつ、引き摺り半分に足を運んでくるお客人は、

「俺に文句を言うのは
 お門違いだぜ。」

 うっそりと低い声を返すと、重い荷物のように自分の体をスツールの一つへドサリと乗っけた。地味なブルゾンにくすんだ色合いのトレーナーとワークパンツをまとったその体躯も雰囲気も、重厚屈強、見るからに惚れ惚れとしそうな"偉丈夫"である。
浅い緑の短髪に、切れ上がった鋭い眼差しも翡翠の緑。頬骨の立った大人びた顔立ちだが、実年齢はまだ二十代というところかと。なのに感じる、この重厚な印象は、彼が自分の身一つにて裏の世界を跳梁している、世間様を引っ張り回してあっと言わせる大仕事を容易にこなしている大怪盗だから…に他ならない。その名も"大剣豪"という古臭い仇名がついているのは、どんなに難敵の施設だろうが金庫だろうが警備システムだろうが、コンピューターへのハッキングだの、銃などによる派手な破壊だのといった高度だったり乱暴だったりなことは一切せず、その身のみで侵入し、目的を果たして立ち去るスマートな仕事ぶり。かてて加えて、警備員からの攻撃へは…どこに隠し持っているのやら、大太刀を振りかざして急場をしのぐ、ちょいと小粋で古臭いその行動パターンを差して、どこやらの記者が名付けたのが始まりだそうだが。

 "俺にはちゃんと
  "ロロノア=ゾロ"って
  名前があるんだ。
  そんなふざけた名前なんざ
  勝手につけられちゃあ、
  良い迷惑だ。"

 だそうです。(笑) そういう生業なりわいを持つ彼だから。日頃だったら持ち前の感覚にて、呼吸のついでに緊張感を巡らせることで、自分の気配というもの、半分くらいは押さえ切っている彼なのだが。今日はまた、よほどお疲れなのか、そんな気配りも此処では必要ないわいと開き直っていらっしゃるご様子で。注文しなくとも出されるモーニングのトーストに噛みつくと、2、3度咬んだだけという荒噛みにてコーヒーで喉へと流し込み、

「大体、ルールからして
 かなり勝手な代物なんだぜ?」

 きりりとした白シャツに棒タイ、黒ベストにカフェエプロンというギャルソンスタイルのサンジに向けて、ガウガウとこれまた珍しくも吠え始めるゾロであり。

「勝負は朝の8時から夜は10時まで。自宅の出入り口が見える範囲内には近づかない。此処でかち合ったら、先にルフィが出てってから30分は追わない。」

 ずらずらと並べられたのは、何かしらの、しかも…どうやらあのルフィくんという、不肖の弟子が絡んでいることならしいのだが、

 「但し、ルフィの側も、
  朝の8時までに
  自宅からは離れておくこと、
  3度の食事以外では
  この店に足を運ばないこと、
  10時には帰宅することっていう
  決まりを守っているのでしょ?」

 そんな声が割り込んで、
「ナミしゃんvv」
 サンジの目許がハート型になるから…器用なものである。先程ゾロが入って来たそのドアから、まだ準備中だのに堂々とご来店なさったうら若き女性。明るいオレンジ色の髪をショートカットにした闊達そうな面差しのレイディで、ショートコートにパルキーセーター、革だろうか光沢のあるマイクロミニがよく似合う、それはそれは魅惑のボディをなさった美人さん。だというのに、

「お前が色々と
 入れ知恵したんじゃねぇのかよ。」

 忌ま忌ましいと言いたげな、不貞々々しいお顔を向けるゾロであり、

「あら。
 何を根拠にそんなこと言うの?」

 ゾロからは少し離れたスツールに腰掛けて、健康的な長いお御脚を高々と組んで見せる、どこかセクシーなお姉様。彼女もまた、ゾロと似たような生業を持つ身であり、

「早いトコ、方をつけてもらわなきゃ、
 こっちだって困るのよ。
 新年早々"お仕事"への依頼が
 幾つか来ているんですからね。」

 裏の世界、アンダーグラウンドでの情報屋。主に、この怪盗さんへの盗みの依頼を中継し、依頼主との交渉、獲物の引き渡しを担当している彼女なだけに、仕事とは関係のないことで振り回されているゾロだというこの現状。面白くはあるけれど(こらこら)お金にはならないのだからして、さっさと切り上げてちょうだいなと、こちらさんとて"早急な解決"を待っている身ではある。


 そんな場へ、
「おっはよう〜〜〜vv」
 場違いすぎるくらいに朗らかなお声が割り込んで来た。しかもその声の主が、

  「ルフィぃ〜〜〜。」×@

 「え? え?
  なに? どうしたの?」

 大きな琥珀色の眸に童顔の高校生。素っ惚けて見せているが、本人からして重々判っているに違いない。この顔触れの大人たちがなんでまた、自分を忌ま忌ましげに見やってくるのか。

「サンジ、飯〜〜〜!」

 困った奴でも可愛い弟、あいよと応じてフライパンを火に掛ける。厚めに切った赤みの多いベーコンをステーキみたいにゆっくりと炙りつつ、フランスパンを鋭角斜めに大きく切り出し、バターを載せてオーブンへ。冷蔵庫からはホイル皿に盛られたグラタンを出して、これもまたオーブンに放り込み、火が通って脂身が透明になって来たベーコンの固まりさんをナイフでスパスパと一口大に切り分けて…と、なかなか豪快な朝ご飯が出来つつある。それをわくわくと待つ坊やへ、

「…お前、
 間違いなく持ってんだろうな。」

 ゾロがしかめっ面のままに横合いから声を掛けた。

「持ってるさ。
 だから早く捕まえて取り返しなよ。
 明後日にはガッコが始まっちまう。
 そしたら"これ"は
 俺のもんになっちまうんだぜ?」

「そうは させるかよ。」

 チッと舌打ちをし、だが、
「うひゃ〜〜、美味そう〜〜vv」
 特製山盛りモーニングをどんと出されて、それは御機嫌そうなお顔になるルフィには、

  "…しようのない奴だよな。"

 ついの苦笑が洩れもする。クリスマスに急な依頼があって、バラティエのパーティーに招かれていたのに顔を出せなかった。やっとのことで片付けて、帰りついた自分のアパートには、ルフィが…堂々とベッドを占領して待っていて。この野郎がと叩き起こすと、

『だってっ!
 ゾロが悪いんだぞ!』

 泣き出しそうな顔になっての口答え。パーティーに行けなかったのは仕事だったからで仕方がなかろうと言い返せば、
『そうじゃなくってっ!』
 ルフィが怒っていたのは、パーティーに来なかったからではなくって、仕事なのに声を掛けてくれなかったゾロだったから。

『そんな難しい仕事じゃなかったんだろ? なのに何で、連れてってくれなかったんだよう。』

 いや、何でと言われても。せっかくの聖夜なんだから、お兄さんやお友達と楽しく過ごしなさいと、こっちだって気を遣ってやったのに。ルフィにはそれがいたくご立腹であったらしくって。
『…ともかく帰れ。』
『い・や・だ。』
 せめて。ゾロの傍にいたいんだもんと、どうせイブの晩に一緒に居てくれるような彼女もいないくせにと、憎まれを言いつつ擦り寄って来た坊やの、泣き腫らして真っ赤になってた目許には勝てなくて。それで、添い寝をしてやる羽目になったのが、今にして思えば…いかに甘ちゃんな自分かという裏付けにもなった晩であり。

 "…あん時に
  くすねやがったな。"

 そしてそして、元旦、1月1日の朝ぼらけ。坊やから届いた年賀状に、たいそう前衛的な字で"宣戦布告"が書かれてあって。これでは誰にも読めんわいという字だったので(表書きはPCの印刷だった)、バラティエに運んでサンジに解読してもらうと、一方的に始められた風変わりな"鬼ごっこ"に関する協定というのか決まりごとというのかが連ねてあったという訳で。それにまんまと翻弄されているゾロが、端から見ている分には可笑しいやら可愛いやら。お腹一杯になったルフィが"じゃあな"と出て行ってからきっちり 30分後。あの野郎がよとぶつくさ言いつつ、その後を追ったゾロを見送って。

 「…でも、
  一体何を奪われて、
  取り返したがってるんです?」

 「あら?
  サンジくんたら
  気がついてなかったの?」

 意外そうに、その大きなアーモンドのような瞳を見張ったナミへ、あんな野郎に関心向けてないっすからねと、薄い肩をすくめるサンジであり、
「あんなに躍起になってるトコ見ると、かなり大切なもんでしょうに、そんなもんを何でまた、ルフィに易々とくすねられていますかね。」
 全然判らないらしいサンジの言いようへ、
「…大切なものってコトもポイントではあるんだろけど。」
 ナミさん、またまた意味深に笑って見せる。

  "いつの間に奪られたんだか、
   全く気づかなかったってことが
   癪なんじゃないのかしらね。"

 いつもなら"3つ"揺れている筈の、左耳の金の棒ピアス。それが何故だか、今は2本しか下がってはいない。いつどうやってくすねられたのか、恐らくはルフィ本人からの宣戦布告を突き付けられて初めて気がついたゾロ本人でもあったのだろう。だからこそ、ああまでムキになっている彼なのであり、

  "可愛いことvv"

 まったく今時の男どもと来たらと。追っかけてほしがったルフィも、ムキになってるゾロも、忌ま忌ましいと思いつつもどこかでハラハラしてもいるサンジも含めて、なんて可愛い子たちなんだかと。ナミさん、微笑ましげに笑うばかりなのであった。




  〜Fine〜


  04.1.14.〜1.15.



"怪盗ゾロ"の閑話休題でございます。
結局のところ、
ピアスは取り返せたのでしょうかしらね?
それにしても…
そこまで気を許しとるのかね、
あんたは。(笑)



 

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