■月夜に躍る

□月想曲
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 月光を受けての冷ややかな光沢が、まるでシルクのようにつるんと肌触りのいい。そんな軽やかな夜陰がひらひらと幾重か垂れているような、それはそれは静かな夜。蒼い月の欠け加減も麗しく、春先の星々も夜気に冴えてくっきりと。神妙荘厳、せっかくの趣きに満ちた夜だのに、煌々と灯された明かりでわざわざ昼間のように照らし、がやがやと喧しくしている人々がある。

 『夫人は大概の場合、
  定位置から動かない。』

 何かしら特別な主旨あっての集いでない限り、招いた側とはいえ、来賓たちがご機嫌伺いにと眼前へまで足を運ぶのを、泰然と待ち受けるってのがパターンになっている、と。下調べをきちんとこなした彼はそう言っていた。そして、

 "…ホントだ。"

 大ホールの奥向き寄りの中央辺り。窓辺に据えられた大きなグランドピアノの傍らという、背景や小道具もばっちり揃って見栄えのいい位置に、上質の絹織りのモスリンだろうか、贅沢な錦を足元まで裾を垂らしたデザインの、それは豪奢なドレスをまとったこの館の夫人がずっとずっと動かず立っている。時々は、立場の関係か…数歩ほどこちらから迎えるように歩み寄る相手もなくはないが、ご挨拶が済めば再び元の位置へと戻ってくる彼女であり。後で"どうしてなんだ?"と訊いたら、

 『写真を撮られる時に、
  その位置に立ってると
  一番豪華な背景になるんだと。』

 緑髪の"師匠"は、さも愉快とくつくつ笑いながらそう教えてくれた。馬鹿馬鹿しい見栄の張ったことだよなと、そう言いたげな笑いであり、

 "そだよな。いくらお偉い格のおばさんだっていったって、お客様を招いておいて挨拶に来いって態度はないよな。"

 それに窓の近くってのは、暴漢の乱入とか狙撃とか考えたら一番危ないんだし…と、一丁前なことを思う彼こそ、ある意味で立派な"乱入者"。天井裏の指定されてた位置のコンパネ板をそっとそっと、大きめのコインほどに刳り貫いて、そこから真下の様子を覗いているところである。とある港町の高台の上、大使館ほどもある白亜の邸宅に住まう資産家夫婦主催の饗宴で、何のパーティーだかは聞いてないが、週末には恒例のものであるらしい。来賓たちには女性が多く、小さな講堂ほどもありそうな大ホールは脂粉の香りでむせ返りそう。また、彼女らがまとったドレスや装飾品も綺羅々々しくて、

"お金も贅沢品も、あるトコにはあるんだなぁ。"

 そうだねぇ。贅沢と無駄遣いは紙一重って言いますからねぇ。それに、いつぞや某国の王子様へ護衛官さんが言ってましたでましょ?(笑) 日常には必要のない贅沢品も、だからといって全く無くなっては困るって。文化・芸術としての価値を考えると、それを生み出す優れた技術は残したいし、となると、その贅沢品の購買層の存在もまた必要不可欠なんだって。そんなこんなはともかくも。裕福優雅な階級の方々が集う華やかな饗宴が、水晶の滴を幾つも連ねたような、きらきら煌めく大シャンデリアの下、お召し抱えらしき楽団の奏でる典雅な室内楽と共に始まって幾刻か。食器やグラスの触れ合う音、談笑の声などなどが漫然とした塊りになった立食型パーティーの雰囲気は、割とお行儀よく整然と盛り上がっている模様。それを見下ろしつつ、

 "早く始まらないかなぁ。"

 待機ってのはなかなかこれで骨が折れる。手のつけられないほど短気な訳ではないのだが、それでもね。一気呵成に動き出した状況を掻いくぐり、突発事態に遭っても…まるでアトランダムな波を瞬時に読んで咄嗟に体を対処させるサーフィンするみたいにサ、機転を利かせて乗り切るって方が どっかスリリングで楽しいし。

 "ゾロはこれまで、
  そうやってこなして
  来てるんだもんな。"

 ずっとずっと"追っかけ"やって、注目し続けてた凄腕の怪盗。どんな複雑堅牢な金庫でも、どんな危険な護衛の只中にある秘宝でも。鮮やかに忍び入り、鮮やかな手管で目的のお宝を奪取して、これまた鮮やかに撤退しちゃう、一匹狼の"大剣豪"。それなりに念の入った下調べもしようし、裏工作もしようけど、基本的には…その身一つにての突入型で。思わぬアクシデントに遭遇しても、その鍛え上げられた体躯と鋭い反射神経とで、素晴らしいまでの機転を利かせて成功させて来た、大胆不敵な大怪盗。

 "いぶし銀の仕事人だもんなvv"

 …随分と派手な"いぶし銀"があったもんだが。(笑) そんな怪盗さんだが、ここ最近の仕事の幾つかは、決まったパートナーを連れてこなしている。それが、この…天井裏に潜んでいる、小柄で童顔な黒い髪の男の子。名前をルフィといって、中学生に見えなくもないが、歴れっきとした高校生。先程ちらっと述べたように、怪盗さんの追っかけをしてまとわりついた揚げ句、その"押しかけ弟子"になってしまった少年である。

 "…むむう。
 そんな言い方ないじゃんか。"

 あら、だって。結構強引でしたわよ? その接近の仕方。(詳細は『月夜に躍る』参照してねvv)それよか、ほら。筆者とMCしてる場合じゃないぞ。階下の大ホールで、何かしら状況が動きそうな気配が…。





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