■puppy's tail 2

□甘いの甘いの、おまじないv
1ページ/2ページ


 あのね?(こしょこしょ)
 テレビのおじさんがネ?(ひそひそ)
 ウソついたの〜〜〜。(ほしょほしょ)
 今年はネ?
 すごく早く
 サクラが咲きますよ?
 良かったですねぇって
 ゆってたのに。

 もうちょっと
 かかるみたいですって、
 ごめんなさいて。

 だってすごいサムサムだもの。
 そりゃあまだだよなぁって、
 ママもゆってた。
 テレビのおじさん、
 メッ、です。



     ◇



 いきなり大上段に構えてる海カイくんでしたが(苦笑)、確かにこの年の春三月は、急に冷え込み始めて面食らう方々も多かったに違いなく。雪も少ない、久し振りの暖冬で、寒くなきゃやってけないっていうスキー場関係のお人や暖房器具を作ってらっしゃる方々にはとんだ災難だったかも知れないが、風邪も引かなきゃ、道路の凍結なぞでの足元不安も少なくてと、随分助かった人も多かっただろう今年の冬だのに。こんな終わりばなになって“あ・いっけな〜い”と思い出したことがあっての、帳尻合わせにムキになっているみたいな、寒の戻りの物凄さ。ムクムクと重ね着するのが面倒だからか、カイくんなんぞは朝も早くからママの細腰にやたらとまとわりつくと、

『ま〜ま、わんこになろ?
 わんこvv』

 毛並みも暖かい、ころぴょこと身軽なウェスティの姿になりたいようと。まだ自分ではメタモルフォゼ出来ない身ゆえ、小さなお手々でしがみついてのママにくっつき“ねぇねぇvv”と、盛んにおねだりしている姿がまた何とも愛らしく。足元不如意なまま、それでも食いつき続ける粘りが俺似だなぁなんて、相変わらずに親ばかなお父さんを惚気させ、その鼻の下を延ばさせ放題にしていたりもする。
何しろその姿は、最愛のルフィの縮尺を変えただけのそのまんま。まとまりが悪い猫っ毛の黒髪に、こぼれ落ちそうな大きな眸。ほどよく泡立てたメレンゲのように、ふかふかやわやわで瑞々しい、きめの細かい肌の張った、小鼻や頬、小さなお耳の、何とも触り心地のいいことか。ルフィも童顔ではあるが、それを小さくしてもまだ可愛いだなんて反則じゃあなかろうか。コピーだってあまりに縮尺を小さくすると潰れてしまうのに、逆に、どんなに愛らしい絵でも拡大するとデッサンの狂いが如実になってしまうことも多いのに。この母と子は、何でまたこうも…大きくても小さくても愛らしいままなのか。ルフィが子供のころはこんな可愛い姿で駆け回っていたのか、見られなかったのが悔しいぞ。そして、カイが大きくなったらママそっくりの可愛さを残した少年や青年になるのか。ああ、パパはずっと心配しなくちゃいかんのだな、まったくもってこの親不孝ものが…と。

  「…まあ、
   大体何を考えているのかは
   判るんだけども。」

  「奥様…。」

 朝っぱらからという点ではカイくんといい勝負。愛する奥方や坊やがパタパタしている様を、お膝に広げた新聞そっちのけで、やに下がった表情でうっとりと見やっている旦那様へ。やれやれ またやってると息をついた奥方を、ツタさんが苦笑混じりに宥めるのもまた、このところの朝の恒例になっていたりするのだが。

  「…お。」

 そんな、ほのぼのした朝の情景の中、p・pipipipipi…と鳴り響いた音があり。電子音が氾濫する昨今にあって、音楽に変更出来もするものを、敢えて…というか面倒だからとそのままで使っているパパの携帯が、ローテーブルの上にて自己主張を始めた声であり。がっつりと大きな手で掬い上げ、パタンと開いて応対を始める。それまでの甘甘お顔もどこへやらで、これこそが素なんですよの、凛々しいお顔になったゾロパパへと見とれつつ、ルフィがそぉっとカイくんを抱き上げながら“静かにしてようね”と口元へ人差し指を立てて見せ、

「はい、ロロノアです。
 …おはようございます。
 …ええ。
 ですが、私は今日は
 固定休の非番で…。」

 おややぁ? 何だかお仕事にかかわるお電話みたいですねぇ。それでなくともパパの携帯って、家にいる時は…週に3日通っているスポーツジムでのインストラクタのお仕事にかかわる連絡しかかかっては来ないのですけれど。こんな朝っぱらからというのは大抵の場合…、

「そんなの今日出勤の○○くんや◇◇さんに任せれば…。
 どんな有名な人であれ、ウチが予約制だって判ってての無理はただの我儘です。そんなものを聞いてやるこたないでしょう。ルールを侵すことが当然なんて思ってるような奴についてやる気なんて、俺にはありません。
 …そうですか。何だったら、辞めさせていただいてもかまいませんが。ええ、部長は礼を尽くして説得したのだが、私が我儘を言って断ったんだと、そのままお伝えくださいな。」

 相手のお返事を待たずして、とっとと切ってしまったゾロだったので。ああこれは、何か無理強い言って来た利用者に腹を立てたパパらしいなと、そこはもう慣れのあるルフィやツタさんが、流れからそうと先読みした上でついつい首をすくめてしまう。粘り強くて我慢強くもあるゾロパパは、だが。自分の信念というか矜持というかを曲げるのが大嫌い。別に正義感が強い訳じゃあないのだけれど、無理無体を力づくで押し通そうとする奴がとにかく嫌いで。昔 東京で勤めていた会社でも、そんなところからの反抗というか逆襲というのかをやらかして、後輩を苛めていたお局様に痛快な攻勢を仕掛けてやり、満座の中、居たたまれなくしたその結果、社から追い出したこともあったとか。でもね、あのね、

「…ゾロ。」
「なんだ。」
「そやってすぐに
 お尻まくっちゃうのはよくないよ?」

 聞いてくれないのなら、自分が辞めれば良いんでしょなんて、あんまり良い解決じゃないと思うよと。毎度のことながら、一応は窘めのお言葉を差し出す奥方だったりし。だって、カイくんが見てたのに。言うこと聞いてくれないなら、もういい、バイバイねだなんてこと、やって良いのだと覚えられては ちと困る。

「何でだよ。
 向こうだって、
 断れなかろうって立場を
 笠に着ての
 無理強いなんだぜ?
 俺への指名だけじゃあない、
 今日の予約を入れてた人にも
 キャンセルさせたり
 別メニューに変えさせたりって
 無理を押し付ける、
 言わばルール違反を
 やらかそうってんだ。」

 そんなことを毎回のように“はいはい”と認めてやってたら、ますますのこと傲慢な奴に成り下がるだけじゃねぇかと、鼻息も荒く言い切るその道理はルフィにも判るのだが、

「だけど。
 ゾロが直接
 言ってやるんじゃない以上、
 一番に困るのは
 応対する係の
 部長さんじゃないか。」

「知るかよ。
 決まりですからって
 通せないよな、
 及び腰でいるから悪いんだ。
 いくら商売だっつっても、
 オークションじゃねぇんだからよ。
 金出してくれたり
 立場の上な奴が優先ってのにも
 限度があらぁ。」

 あの部長、一般の利用者にはそういうこときっちりと言いやがんだぜ? 大会間近で、なのに風邪引いて調整が間に合わなかった高校生が、隅っこで良いから使わせてって頼んだのを突っぱねたり。ライバルチームの妨害にって、大して使いもせんのに市内の体育館を全部予約で借り切っての嫌がらせなんてものをしたどこぞの御曹司の尻馬に乗って、今日は休館日ですとか予約で一杯ですとか、しゃあしゃあと言ったことがあるんだ。それが決まりでルールなら、どんな相手へもそれを通せってんだよな…なんて。あああ、そうでしたか、そんな憤懣を抱えていなさった訳ですか。

「それは…。」

 こんな話、聞いても気分を害すだけなことだからと。ルフィへは、これまで欠片ほどもこぼさなかったゾロだったのであり。それもまた、彼には珍しいほどもの気遣いをしてくれたのだろうけれど、

「でもさ。
 だったら…それ全部へも、
 ゾロも怒ってやりゃあ
 よかったんじゃないの?」

「怒ったぜ?
 取材陣や追っかけなんかの
 衆目の中で、
 生っ白い顔してたボンボンを
 怒鳴りつけてやった。
 それ以降、その御曹司様は
 ウチのジムには来ねぇし、
 そこの会社の会員様がたも
 契約半ばで
 全部引き上げやがったがな。」

 ついでに言やぁ、その実業団チームも結局はリーグ落ちしちまって、部自体が消滅したらしいけどな。良い気味だと鼻で笑ったゾロだったのへ、

「だからさ…。」

 大人げないよって言いたいだけのルフィだったらしいのだが、そんな忠告の声もこんなすぐにかけるのは逆効果だったようで、

「そうは言うが、
 ルフィだって。
 この家から
 自分が出てきゃいいなんて
 構えたことが
 あったじゃないか。」

「…っ。」

 そんな昔の話を持ち出され、覚えていたことだっただけに、しかも…いかにも悪いこととして引き合いにされたのへ、そこはさすがにカッと来た。

「それはいいことじゃないって、
 引き留めてくれたのは
 ゾロじゃないかっ!」

「ああそうさ、
 お前が勝手に
 “俺が困るかも”なんて
 思い違いをしていたから
 正しただけだ。」

 ケツまくるのが悪いのか?
 間違ってるのは
 どっちかって問題なら、
 それもありだろうがよ。

 ああもうっ、
 そればっかでは
 上手く行かないことも
 あるんだってばっ!
 ゾロってどうして
 そういうトコは
 いつまでも子供なんだよっ!

 何だとっ!




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ