■蒼夏の螺旋


□薄暑緑風
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 辿り着いたは、とあるマンション。さして息も切らさぬままに、清潔そうな明るいエントランスへと飛び込んで、ボードへ自宅のナンバーをインプットすれば、

  【はい、ロロノアです。】

 今朝方、出先で携帯から聞こえたのと同じ声が、インターフォンから軽やかに応じた。それへと"ただいま"とだけ言い置いてから、返事も待たずに自動ドアの方へと向かう。するする開くのもまたまたもどかしげに…とはいえあんまり焦っては不審に見えると、そこはさすがに自重して。ぐっと我慢してから中へと入り、後はまたまた一目散。階段を2段飛ばしで駆け上がり、やっとのことで到着した自宅の愛しいドア…じゃない、愛しい自宅のドアだというのに。

 "………。"

 ここに来て、何故だか躊躇してしまう。大の大人がこんなにも息急き切って"ただいま"もなかろうだとか、こっちの高揚なんていざ知らずで、けろっとしているルフィだったりしてだとか。気が急くあまりに置いてけぼりになってでもいたのか、今になって思うことが幾つか浮かんだ彼だったが、それでも…体は正直なもの。それともこれもまた一種の"慣性の法則"なのか。脚運びは少しも止まることはなく、また腕の方も実に自然でなめらかな動作にて、ドアのバータイプのノブに手が伸びている。

  ――― がちゃり

 鍵は解かれていて、すんなりと開いたドア。そして、短い三和土たたきの向こうには、

  「おかえり、ゾロ。」

 ああ、この声だと思ったその瞬間に。どんな服装なのかも、どんな表情でいるのかさえも確かめてなんかいられないほど、衝動的に身体が動いていた。小さくてやわらかな、けれど伸びやかで撓やかな身体が、男のやや手荒な扱いを…少し戸惑ったようにぎこちなく受け止める。
鼻先に慣れ親しんだシャンプーの甘い香り。そして、腕の中で身じろぐ、すんなりとした肢体。今朝からこっち、どれほど待ち焦がれたか判らない愛しい人が、今やっと、この腕の中にいる。ただそれだけでもう何も要らないと、心にじわじわ、温かな潤いが染み込んでくるのを実感出来る旦那様であるらしい。その一方で、

「…っ。
 ゾロ、ちょっ…ねぇ、
 待ってってば。」

 中へと大きく踏み込んで来たそのまま、伸ばされた腕に搦め捕られて…気がつけば。スーツの袖や胸という、少しざらざらした感触の中に、すっぽりと包み込まれているルフィであって。
「ぞ…。」
 こちらからだって、まだきちんとそのお顔を見てはいないのに。あっと言う間に背中にまで回っていた大きな手で、ぎゅうと強く抱き締められて。

 "ああ、ゾロの匂いだよう…。"

 その懐ろへ深く引き込まれたことで すぐ目の前になっているのが、ネクタイを結った襟元へと引き込まれてゆく、すっきりと引き締まった首条とおとがいと。そんな襟元からは、この半月ほどを離れ離れになっていた、大好きな人の温みと共に男臭い匂いがふわりと届いて、

 "………あ。"

 不意に ぞくりと。胸の奥が、体の芯がざわめき始める。半月も逢えなかった人、大好きなゾロ。

  ― お仕事での出張だもの、
    仕方がないじゃないか。
    しかも大抜擢だって話だし。

 そうと思って笑顔で送り出した人。2週間くらいあっと言う間だよ、大丈夫だもん。サミさんとかお友達も一杯いるしさ、そうそうPCでサンジやナミさんともお喋りとか出来るし。そんな風に自分に言い聞かせて、頑張るぞってお留守番に勤いそしんだ。良い機会だからって大掃除もしたし、予備室の模様替えとか、そうそう、リビングのカーテンも新調して…何と自分で縫ってみたんだよ? 凄いでしょうと、話すことも一杯あった筈なのに。

「………。」

 そんなの全然出て来ないまま、体中から力が抜けそうになる。もっと抱き締めてほしいって、体中が言ってる。逢いたかった、ずっと。電話で毎日お声は聞いてたけどさ、やっぱり違うもん。吐息さえ届かない、電気信号に変換された ただの音だもん。ホントは寂しかったけど、そんなの我儘だから言えなかった。でも、もう我慢しなくていいんだよって。ゾロの方から言ってもらえたみたいで…嬉しくて。

「…ゾロ。」

 頼もしい胸板にこっちからも頬を擦りつけて。きゅう〜んって鼻声で甘えると、
「………。」
 やっぱり何にも言わないままに、もっとぎゅうって身体が浮いちゃうほど抱き締められて。そのまま うなじへと大きな手があてがわれてて、
 "あ…。"
 顔が仰向いた途端に。温かい唇が重なって来て、
 "ん…。"
 ますますの夢心地に追い上げられた。抱きしめてくれる腕も嬉しいし、求めてくれる行為も嬉しい。深く深く合わさって混じり合い、内側を舐め上げて吸い上げる。少しでも離れるとこっちから追うようにしがみつく。寂しかったの、逢いたかったの…と、沢山々々言いつのる代わりみたいに激しく口づけて。

  ……………とはいえ、

「………あ、ダメって。」
 そんな口づけが少しばかりズレて、Tシャツ姿でほとんど剥き出しになってた首条へとすべって来たのへはさすがに抵抗。玄関ドアが目に入り、軽く押しつけられた背後の壁のその音に、ルフィは別な意味からドキッとした。

 "お隣りに聞こえるよう…。"

 とっても仲良しの奥さんは気さくで育ちも良さそうな善い人で、まさか聞き耳を立てているとも思えないのだけれど。それでもね、
「ねぇ、ゾロ。ダメって…。」
 もしかして抑えが利かないほど、こちらも我慢し切れないかもしれないから。何か凄い声とか出しちゃいそうで、それが今から恥ずかしい。
「あ…。」
 さらしてた素肌を這う、やわらかな熱い感触と…きつく吸い上げるちりっという痛みが走って。それだけで萎えそうになるから、

「ここじゃ やだって、ねぇってば…。」

 力で敵う筈がない相手の、大きな背中をそれでも必死でぺしぺしと叩いてみる。

「なあってば、ゾロっ。」

 鼻声が高じて、泣きそうな声になったのがやっと届いたらしく。それでも往生際悪く、キツくキツく首条に吸いついてから、顔を上げて愛しい奥方のお顔をやっと覗き込む。
「ただいま。」
 あらためて…という感じにてのご挨拶があまりにも白々しくて、
「………馬鹿。/////」
 真っ赤になって言い返した奥方の気持ちも、何だか複雑である様子。そりゃまあねぇ…。(苦笑)






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