■蒼夏の螺旋
□朝露虹梁
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結局は眠れなかった。違う違うと思おうとし続けたけれど、それでも否定し切れない。それどころか…見ないように気づかないようにしていた、辛い方の想定たちの、何と馴染みの良いことか。口を利くのも嫌だから、顔も合わせたくないから。子供っぽいのは苦手で、甘えられるのは鬱陶しいから。そして、
【やっぱりさ、
男と同居してるの、
嫌になったのかな。
誰かに何か言われて、
恥ずかしい想いでもしたのかな。】
涙に掠れそうになる声で、だのに…あくまでも自分の方に何か落ち度があったのかなと、最初から最後までのずっと、そんな健気な言い方をし続けるルフィに、
【…俺、もうどうしていいのか判んないよぉ。】
先程から苛々としかけてはそれでも何とか押さえ込んでいたらしいサンジが、とうとう堪らず。何かに衝き動かされたように声を出していた。
「そんなことは気にしなくていいっ。」
少々強い語調になったのへ、ビクッと肩を竦めるルフィであり、
【…でも。】
「良いから聞きなさい。」
自分まで怖がらせてどうするかと、そこはサンジも反省して息をつき、あらためて穏やかな声を出す。
「お前はそのままで良いんだよ? お前みたいに良い子は、そうはいないんだからな。素直で思いやりがあって、屈託がなくて、いつも何にでも一生懸命で。俺もナミさんも、そういうお前のことが大好きだよ?」
PCに向かうための椅子に座っているナミの背後からモニターを覗き込んでいる格好のサンジであり、その肩口から妻を"そうですよね"と見やれば、
「勿論よ。」
マダム・ナミもまた、しっかりと頷いて見せる。頼りにしたのはルフィの側からだが、それでも…十分過ぎるくらいやさしい言葉と暖かい眼差しはやはり胸に沁みたのだろう。我慢していた、堰せき止めていた涙が、またぞろ新しく涌き出して来そうになった彼であるらしく、
【…サンジ。】
すがるような顔をする愛しい子。ああもうダメだと、サンジは限界を感じた。理性派の妻が静観すべきだと制しようが構わない。振り切ってでも迎えに行こうと思ったほどに。彼にとってのこの少年は、もはや信仰的な崇拝に近いくらいの次元で、崇高で大切で何にも代えがたい存在なのだから。それがこんなにも傷ついているのを知って、どうして黙って放置出来ようか。
「いきなりの勝手をやらかしてんのは向こうなんだからな。奴が何を言おうがどんな素振りをしようが、お前は気にしなくて良いんだ。もしも奴がこれ以上困らせるんなら、我慢なんか遠慮なんかしなくて良い。………そうだな、とりあえず。いつも俺が使ってたホテル、覚えてるな? そこに今から部屋を取るから一旦そっちへ移りなさい。すぐにも迎えに行くから。な?」
それはてきぱきとした指示を出す彼に、
【でも、サンジ。】
ルフィは真っ赤に腫れた目許も痛々しい顔を上げると、
【俺、そんでもやっぱり、ゾロのこと好きだし。】
まだそんなことを言いつのるものだから。
「…ルフィ、眼を覚ましな。そんなまで辛いのに、なんで其処にいなきゃならない。」
【でも、サンジっ。勝手なことしたら、ゾロ、もっと困るから…。】
「奴の都合や気持ちなんざどうでもいいんだよ。」
こればっかりは、今度ばっかりは、いくらルフィ自身が拒んでも聞いてやらないと、そこまでの覚悟を決めたサンジであるらしく、
「良いな、すぐにも荷物をまとめろ。どうしても手放したくないものだけで良いからな。」
くっきりきっぱりと言い放ったお兄様である。
おおお、これは本気だ。
寝てる場合じゃないぞ、婿殿。
それとも弁明の余地なしか?