■蒼夏の螺旋


□朝露虹梁
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 ……………さてさて、α分後。ルフィがくったりしている間に、そうなるに至らせた張本人が(笑)電気炊飯器のスイッチを入れ、洗濯機に下着や白いものだけを放り込んでから洗剤を入れ、第一陣としてやはりスイッチを入れる。ゾロの言いようではないが、時間的にはかなりの余裕があって、階下のメイルボックスまで新聞を取りに行った旦那様がついでにマンションのあるブロックの周りを軽く一回り走ってから戻ってくると、

「…お。」

 ほのかにおみおつけの香りがしていて、
「お帰りvv」
 何とかちゃんと起き出した若妻が、お玉片手にお出迎え。それから、シャワーを浴びたご主人がテーブルについて、朝ご飯を"いただきます"という段取りへと運ぶ。
「今日はPC教室の日だな。」
「あ、うん。でもね、今週はキッズ教室だけお休みなんだ。」
「? なんでだ?」
「ほら、そろそろ夏休みも終わるでしょ? 学校の宿題の追い込みとかもあるだろしってことで、教室はお休み。何か質問がある子は、ヒナ先生のHPに問い合わせるようにってことになってるんだ。」
「ふ〜ん。」
 会話の弾む食卓であるのはいつものこと。相手に関心があるのだから当たり前なことであり、
「俺も指導出来る資格を取ろうかなって。」
「資格?」
 ルフィは"お代わり"をよそった大きなお茶椀を手渡しながら、こくりと頷いた。
「うん。インストラクターのね。今は俺、ただの"助手"だろう? でも、資格を取れば、もう少し色々と教えてあげられる。資格のある人からの授業で得た知識じゃないと、先々で資格とか取れなかったりするからね。」
 ちょこっと妙な言い回しだが、つまり…例えば、国家試験には物によって、高卒だとか専門学校修了という、資格習得試験に先立って必要な"履修条件"というのがくっついて来る。必要最低限の基本的な知識は身につけていますよという証明書のようなもの。ところが、通信教育課程で得た修了証では、それらと同じレベルとして数えてもらえない資格も結構あったりする。だから、これから接して色々と教えてあげる子供らの先々のためにも、ちゃんとした資格を持った身になりたいルフィであるらしいのだ。

「ふ〜ん。」

 あの…少々忌ま忌ましい金髪碧眼青年が展開している、ウェブ上の経営コンサルタント事務所の連絡職員という肩書きがあるルフィなのに。それだけで悠々自適、余裕の生活を送れる彼だというのに。楽しいこと、見つけるのが大好きで。沢山の夢、沢山の目標、一杯抱えたそれらを、いつもいつも楽しげに語ってくれる可愛い従弟。一途で懸命で、一時だって立ち止まらない、相変わらずにお元気な、お日様みたいな少年であることよ。
「頑張れな。」
「うんっ。」
 ほのぼの、のほのほと食後のお茶を味わって、さて。壁の時計を見上げて、ゾロが椅子から立ち上がる。
「ゾロこそ今日は? 会議とかあるの?」
「いや。今日は特に予定はないな。外回りもないし。」
 出社せねば分からない状況というのが待っている場合もあるけれど、それこそ今ここでは何とも予想の立たない代物だから、
「何かあるようなら連絡するさ。」
 傍へと寄って来たルフィへ笑って見せて、ぽんぽんと、猫っ毛の黒髪を載せた少年の頭を真上から軽く叩いてくる。途端に、
「もう。ちょっと背が高いからって。」
 むうっと頬を膨らませるルフィだが、やさしく加減されたその構われ方、実はそれほど嫌いじゃあない。書類や携帯電話など、最低限に必要なあれこれを入れた薄手のブリーフケースを手に、玄関へと向かう旦那様をパタパタと追いかけて、
「じゃあ、言ってくるな?」
「うん。気を付けて。」
 眸と眸を見交わし、送り出す。ちょっとばかり寂しそうな気配を読み取ってか、丸ぁるいおでこにキスしてくれる事もたまにあるが、今朝はニコニコとお元気なルフィだったからか、ゾロも心配なく出かけていった。




      ◇



「いつもと一緒の朝だったのに…。」
【………ふぅ〜ん。】

 涙声で訥々と、切れ切れに語られた内容が"これ"だったものだから。何だか…おノロケを聞かされただけなのではなかろうか、とナミは苦笑し、サンジも…何と言ったらいいのやら。敢えてコメントをするなら、幸せだったんだねぇと言ってやるべきか。

"毎朝、そういうペースでいるんかい。"

 ルフィはともかく、あの…一見、気難しそうにも見えなくない、男臭くて鋭い顔立ちの野武士のような男が。毎朝々々、起きぬけに小さな恋人をからかっては睦み合い、朝食の席では和気藹々あいあいと会話を弾ませ、絵に描いたような"新婚夫婦"の図を繰り広げていようとは。
"今度会ったらせいぜいからかってやろう。"
 おいおい、サンジさん。そういうあなただって、ルフィとの逃避行中は…1つベッドで身を寄せ合って眠っていたし、結構いちゃいちゃもしていたような。傍から見る分には"微笑ましい兄弟"の図であったかも知れないけれど、実質は恋人同士も同然だったのでしょうし。………それに。そもそも、今はそれどころではないのでは?

"ああ、そうだった。"

 幼い声で語られた甘いお話に、ついつい毒気を抜かれたのかもしれないと、こほんと咳払いをひとつして、
【昨日の朝までっていうのは良く判ったよ。それががらりと変わってしまったんだな?】
 改めて重ねて訊いてみると、
「………うん。」
 たちまち“じわぁ〜っ”とその大きな眸を潤ませ始める。まま、確かに、こんだけアツアツだったものがいきなり零下の世界にまで凍りつけば、そのショックも大きかろうが、
【ルフィ? 辛いでしょうけど、話してちょうだい? ね?】
 そちらこそが肝心なのだから仕方がない。事実関係をハッキリさせておかないと、今にも飛び出してゆきそうなうら若き夫が、もしかしたら実は他愛ない痴話喧嘩を…勝手に“世界恐慌”への引き金にしかねない。おいおい
【ルフィ?】
 マダム・ナミからの励ますような声に、ルフィは顔を上げると頷いて、再びそのお口を開いたのだった。






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