■蒼夏の螺旋
□朝露虹梁
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兆候は全くと言っていいほどに無かった。突然のことだったとルフィは言う。
『朝、会社に行くまでは
普通だったんだ。』
◇
目が覚めるといつもの情景。さらさらなシーツやパジャマの感触。ちょっぴり男臭い、でも大好きな匂いと温みの中、薄暗い室内を視線でなぞる。窓の形を浮き上がらせているカーテンが、思い出したような時々というタイミングで裾をゆらゆら揺らしているのは、ほんの少しだけ、薄く窓を開けているからで。防犯のことを考えたなら、マンションの上階だとはいえあまり褒められることではないのだが、元日本一の剣士がいるのだからと夜風を入れている彼らであり、
「……………。」
それに見飽きると、すぐ傍ら、抱き枕と呼ぶにはとても分厚い胸板が、健やかな寝息と共に穏やかなリズムで上下しているのへそっと触れる。見上げれば、優しい寝顔が少しだけこちらへと俯いていて。軽く伏せられた睫毛だとか、今にも何か話してくれそうなかっちりした口許だとか、朝のこの短い一時だけ見ることの出来るこのお顔も、実はお気に入りなルフィである。
"…まだ起きないのかな。"
朝には強くて目覚まし要らずなルフィが、先に起き出してごそごそする気配で起きているような感の強いゾロだが、本当に"それで"毎朝起きているのだろうか。剣道の合宿だの何だのと、早起きには学生時代から馴染み深い彼のこと。実はもう起きていて"狸寝入り"とやらをしているのではなかろうか。
"………。"
ホントだったらそろそろ起き出さねば。朝ご飯の支度と洗濯機の始動、やらなきゃいけないことがあるにはあるのに、何だか…もうちょっと見てたいなと、若奥様は粘ることにする。
"大きい手だなぁ。"
この手にこの腕に抱き締められて、重みは加減しつつもこの屈強な体に組み敷かれて。ルフィのやだやだって言う声だとか泣きそうになってる顔だとかが可愛いから、ついつい度を超すんだよななんて言う憎たらしいゾロだけど、こちらからはゾロがどんな顔しているのだかよく見えないのが不公平だよなとか。そういうのを思い出していると、知らず頬が熱くなって来て。
"…えと/////。"
優しい愛撫で追い上げられてから、睡魔の待つ淵へすとんと落ちるかのようにあっさり眠りについた昨夜。その後で旦那様に着せてもらった…らしい半袖パジャマの袖を注意深く肩上まで折り上げてから、そぉっとそぉっと身を起こすと、そのまま腕を突っ張るようにして身を乗り出し、愛しいダーリンのお顔を間近に見下ろす。パジャマや何かが触れると起こしてしまうからと、注意深く気を遣いながら…お顔にじりじりと近づいて。規則正しい寝息だと確かめてから、
"………vv"
こっちからするのは初めてじゃなかろうかと、ちらと思って頬が熱くなる。ちょこっと触れるだけだから、大丈夫、眠っているなら気がつきはしない。それから起こせばいい。こっそりこっそり、起こさないように気をつけて。触れる前からドキドキしながら、そぉっとそぉっと近づいて………。
――― chu
柔らかで温かで、気持ちいい感触。柔らかいところ同士が触れ合っているからか、くっついているという実感がなくて。つい、もう少し…と押しつけ加減になったその途端に、
…っ!
重なっていた口許がするっとずれて、斜めに咬み合い、深い口づけへと引き込まれた。
"…え?"
ぎりぎり突っ張って立てていた腕がバランスを崩して、ぱふんと着地した雄々しい胸板。その持ち主が、少年の小さな肢体を腕の中へと掻い込みながら、自分で悠々と寝返りを打って…形勢はあっと言う間に逆転する。
「寝込みを襲うとは、いい料簡だな。」
「あ、ゾロ?」
撓たわみのない、はっきりした声だ。やられた、やっぱり寝た振りしてたんだ。そう思った時にはもう遅い。
「寝込みじゃないもん。ゾロ、寝てなかったじゃないかっ!」
「寝てるって思ってやったんだろ? そういうのを"寝込みを襲う"って言うんだよ。」
ふふんと余裕の笑みを口許に浮かべて、
「さあてお仕置きにかかるかな。」
と、芝居っ気たっぷりに冗談めかして言い出すものだから。
「ダメだって…ぞろ…ヤダ…ねぇっ。」
「何が。」
「遅刻しちゃうぞ。」
「何言ってる。まだまだ余裕だよ。」
「だから、ご飯とかの支度………、…あ、や、ゾロ…ばか…あ、んん…。」
朝っぱらからお元気ですこと…。(笑)