■puppy's tail


□元気だよっ♪
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       ◇



 自然の緑も色濃く残り、保養地として有名な某別荘地の奥向きの、旧市街地のそのまた一番の奥。かつては此処いらで随一というほどに名のあった郷士だか名士だかが、別宅として建てさせて優雅に住まわっていたという、本格外国仕様の瀟洒な洋館に、つい数年ほど前から一番新しい主人たちがやって来て、伸び伸びとした生活を始めている。

 主あるじと呼ばれるにはまだまだ年若い、二十代でこぼこくらいの若主人は、作家だった先代主人の一人息子でロロノア=ゾロという。精悍な体躯は日々の鍛練にて培ったもの。ただ見てくればかりが雄々しくて頼もしいばかりではなく、瞬発力と馬力の双方を絶妙なバランスで蓄えて、持ち主の意のまま、一分の無駄もなく発揮出来るようにと研ぎ澄ました機動力もまた素晴らしく。
日頃はごくごく普通の青年然として収まっているものの、立ち居振る舞いの機敏さや切れの良さ、見る人が見れば…いつでも自然体の延長にて、そのずば抜けた膂力と気魄の乗った鮮烈なる技とを繰り出せる、とんでもない青年であることが良く判る。気骨のある、どこか頑迷で堅そうなところは父譲りだが、それでも…耳朶に棒状のピアスなんぞを揺らしている辺りは、茶目っ気がなくもない青年なのかも。
会社勤めをするには不便極まりないこんな土地なので、学生時代のずっとを剣道の全日本チャンピオンの地位に居続けて来た、その屈強強靭に鍛え抜かれたる体と、絶妙な調整方法のノウハウを活かして、隣町のアスレチッククラブにたまにトレーナーとして出向く以外は、PCで依頼のある資料編纂をこなしつつ、亡父の真似ごとだろうか、時々暢気に書き物なぞ嗜んでいるというところか。

 その御主人の家族が、小さくて愛らしい奥方と、この夏に生まれた愛息の二人。まだ十代の、見るからに幼いとけなくも小柄で細っこい肢体をした奥方は、名前をルフィといい、息子である坊やは海カイくん。此処だけの話、この奥方、実は男の子で、しかもしかも不思議なことに…シェットランドシープドッグの仔犬という姿にも変身出来てしまえる、生身の精霊の末裔である。元はと言えば、ゾロの父君と知り合ったのが縁で、今は亡き父上と共にこの屋敷に引き取られた彼であり、

「今から考えてみたらばサ、
 ゾロってあんまり動じなかったよな。」

 見知らぬ子供がいつの間にか自分の弟になっていたことも、その少年が実は"人ならぬ身"であったことも、告げられたその時は…さすがに何とも思わなかった訳ではなかろうが、実父の死も、そんな不思議な子供との同居も、
『そうか、うんうん。父さんが残した子なら別に構わないよ』
 そんな風に言わんばかり、実に平然と受け止めて、受け入れてしまった彼である。キチンと普段着を着つけて、だが、場所は依然としてベッドの上、あらためてお膝に抱えた当のご本人からそうと訊かれて、

「…それって変なのか?」
「う…ん。」

 選りにも選って自分への対処ということなだけに。あまりはっきりとは言いにくいけれどと、少々口ごもりつつも、
「だってさ、もしも俺が悪い子だったらどうしたの? 実は弁護士さんと組んでて財産とか狙ってたり、此処での暮らしを続けたくって、ゾロの前でだけ良い子でいようっていうネコかぶってたりしてさ。」
 仔犬のルフィが"ネコをかぶる"というのが何とも面白い言い回しで、内心で勝手にウケてしまったゾロだったがおいおい、表面的にはおくびにも出さず、

「そんなことが出来るようには見えなかったからな。」

 けろりと一言。やはりまるきり動じていない男臭い顔に、
「…自信あるんだね。」
 自分には相手の人性を間違いなく見極める力があるから、ルフィと彼を引き合わせたあの弁護士さんからだけという、片方の口からだけの言い分であったにも関わらず、丸々呑んだ彼だったと? そんな風に問う坊やへ、
「自信というよりも…アレだ。」
「アレ?」
 かくり、と。幼いとけないお顔をこちらに向けたままで傾けるルフィの、何とも愛らしい仕草を腕の中に見下ろして、
「だから、その…なんだ。」
 ちょいと言葉を濁してから、

「そんな子に見えなかったっていうか、何か…頼りない子だなって思って、その…。」

 先にご紹介したように、それは屈強で頼もしい、いかにも武芸者というような良い体つきをした偉丈夫だのに。思春期の青少年よろしく、どこかもじもじ、ためらいがちに何をか言い淀んでいる旦那様であり。

「???」

 ますますキョトンとするルフィのお顔を見下ろして、
「だから…。」
 大きく見開かれた素直な瞳は、何でもそのままに写す鏡。何とも往生際の悪い自分をみっともないと気づいてか、意を決すると"えいっ"と告白。

 「顔や姿をな、
  いつも手元に置いて
  見てたい…かなって。
  そう思ったからだよ。」

 「あやや…。/////」

 大好きな響きのいいお声で告白されて。頬をぽやんと染めたルフィは、だが、すいっと指を伸ばしてくると、

「それって"一目惚れ"って言うんだぞ?」

 ゾロのお顔の真ん中へ、びしっと指差して来るものだから、

「…知ってます。」

 わざわざ、それもご本人から言われなくとも、重々分かっているゾロとしては。人を指差すのはお行儀が悪いから辞めなさいと、小さな手を包み取る。どこもかしこも小さなルフィ。お気に入りだからと着ている、ゾロのお下がりの薄手のカーディガン。昔…中学生くらいの頃、此処に住んでた彼が着ていたものを取ってあった代物で。だというのに、袖が随分と余っていて、手首から手の甲まで届いているほどで、

"ちゃんと服は揃えてやっているのにな。"

 何でまた、こんな流行のものでもないのが好きかねと…相変わらずに"乙女心"を判らんちんなことを思うゾロが、余った袖口、折々と上げてやっていると、
「俺なんか俺なんか、ちゃんと少しずつ、ゾロがどんな奴かって確かめながら好きになったんだもんね。」
 高くもない小鼻をそびやかし、薄いお胸を"えっへん"と精一杯に張っているところを見ると。自分はちゃんと順を踏んでいるぞと、どうだ偉いだろーと言いたげなルフィであるらしい。
「…その"ちゃんと"ってのは何なんだ。」
 選りにも選って自分の懐ろにて、ゾロよりかは偉いんだぞと胸を張っているご本人へ。ちょいとカチンと来でもしたのか、それこそ大人げないながらも直接訊いてみることにしたご亭主だったが、


 「一目惚れっていうのは、
  アシカみたいなもんだって。
  父ちゃんと
  ミホークのおっちゃんが
  話してたんだもん。」

  ―― アシカ?


 大威張りなルフィに、
「……………。」
 しばらくは余韻を味あわせてやってから、
「…それって、もしかして"ハシカ"の間違いじゃないのか?」
「あれ?」
 たちまち"???"と、頭の上へ扇形に?をたくさん飛ばすルフィだが、旦那様の疑問は も一つ奥まった所へと向いていて、
"大体、麻疹はしかが例えに出て来る時点でちょっと変だぞ。"
 そうですよねぇ。麻疹ってのは、風疹を例外に一生に一度しか罹(かか)らないと言われている病気であり。だからこそ、誰もが通る一過性の熱病のようなもの…という例えに使われるのであって。

"親父もまた、いい加減なことを刷り込みよってからに…。"

 ルフィが言った"ミホークのおっちゃん"というのは、このゾロの実父のことであり、前作なんぞで既にご紹介しているように、一応はそれなりに知名度も高かった作家なのではあるのだけれど。その人の言だとすると、確かに…何ともいい加減な。(笑) まま、そういう揚げ足取りはともかくも、

「だって俺、ゾロがどういう奴なんかっていうの、自分の目で見て、毎日するお話とかで聞いて、そいでそいで"ステキな人なんだな"って少しずつどんどん好きになっていったんだもん。」

 お胸の前に"ぐう"に握った拳を構えて、一生懸命に主張するルフィであり。それへと対するこちらは、

「…ふ〜ん。」

 決して気のない返事をしているゾロな訳ではない。他でもない自分のことを"こんな風に好きになったんだよっ"と、こちらからも最愛の対象から、しかもしかもこうまで間近で力説されて。日頃は冴え冴えと鋭くて隙のないその眼差しの…視線が泳ぐほど照れてしまうところが、何とも彼らしい純朴さ。そんな反応が、だが、奥方にはまだちょいと読み取れないのか、
「ホントだぞ、ホントにホントに、そうやって好きを一杯積み重ねて、大好きになったんだからな。」
 ただの一目惚れと一緒にしてもらっては困ると言わんばかり、ややもするとムキになって"なあなあ、分かってる?"と胸元を揺さぶる彼であり、

 "う〜んと…。/////"

 朝っぱらから相も変わらず、お熱い二人であるようだ。






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