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□人の噂も…
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 こんな迂闊はさすがに反省ものだし、今はそれよりも…相手の態度の主旨が気に掛かる。自分たちを今さっき話題になってた海賊の一味らしいと踏んだなら、海軍基地かその出張所までご注進と走ればいい。そんな密告ではお駄賃くらいにしかありつけないなら、捕まえれば良いのであって。となると、やはり直接声をかけるのは手順としておかしい。

 「………。」

 一体どういうつもりかと、これでもクルーの中では用心深い方のナミが、細い眉をぎりりと寄せて見やった相手は、一見して判る海の男であり。潮に灼いた肌は精悍。何度も水をくぐらせましたというしおれた服装の、だが、不思議と萎えた感じは受けないいで立ちをしており。眼差しに申し分のない生気を満たした、そのくせ、ざっかけない雰囲気をまとった気さくそうな男であり。

 「おやおや、すまない。
  盗み聞きはよくないよな。」

 隣のボックス席に一人で座を占めている彼は、だが、連れがいたらしく、テーブルには結構な量の皿やグラスが載っている。先払いの店なので、まさかにこのままトンずらする間合いを伺ってるとも思えずで、一緒にいたのだろう連れでも待っているのだろうか。

「…あの。」

「俺も、海賊騒ぎは聞いた。
 つか、
 結構間近い岸にいたもんでね。
 遠目ながら悶着自体も見てた。」

 そうと言って…にんまり笑った笑顔が、

  “…え?”

 どうしてだろうか、ずんと既視感のある笑顔であり。ナミもサンジもハッとしたほど。でも…会った覚えなんて本当にないのに、どうしてそんな感触を?

“こんな印象的な人、
 一旦会ったら忘れようがないもの。”

 用心しいしいという見方をしていた、その不意を突くように。とんっとこちらの肩を親しげに叩いたかのような、それはそれは力と張りの籠もった笑い方を屈託なく向けて来る。様子伺いなんて態度がいかに卑屈だったかと恥じ入らせるには十分な、陽気で明るくて…威風堂々とした笑み。

「何か面白い海賊だったもんな、
 あいつら。」

 呆気にとられている二人をよそに、男は愉快愉快と片やの膝をパンと叩き、そりゃあ豪快に笑って見せる。
「きっと港に入っちまったのも、うっかりしてのことなんだろうがよ。舳先にいた坊主も呑気者なら、後先考えてねぇ剣士も腕はともかく大概だったし。」
「…うう。/////////」
 かんらかんらと楽しそうに笑う彼からの評へ、ついつい冷や汗が出る二人だったのは。彼が言ったその通り、本当は宵に紛れて湾内へ忍び込むはずだったものが、大潮の暦をうっかりと読み間違えたという、ナミの…一生に一度有るか無しかの凡ミスこそが、コトの発端だったから。そこへ加えてのお仲間たちのこき下ろしと来て、怒っていいやら、いや待て、此処は一緒に笑った方が良いのかもと、心中複雑な彼らだったのだけれども。
「どういう魔法を使ったか、尻に帆掛けて逃げた足だけは鮮やかだった。」
 くくっとまだ笑いの余燼を残した声音でそう付け足して…それから、

 「此処の中佐は、
  腹心や側近が胃に穴を開けるほど
  頑固で堅実だ。」

 不意に、真摯な声となり、男はそうと呟いた。
「甘く見てると足元を掬われる。子供の挑発に乗るような小者と思って侮ると、えらい目に遭うから気をつけな。」
 打って変わっての冴えた声。別な誰かと入れ替わったかと思ったほどで、キョトンとしているナミからの凝視に、再びふっと、肩から力を抜いて笑って見せると、

「…と、まあ。連中が目の前にいたなら忠告してやりたいくらい、危なっかしい奴らだったよなってことよ。」

 いかにもな飄々とした態度に戻り、よっこらせと席から立ち上がる。張りを失った上着はマント仕立てなのか、ズボンのポケットへと突っ込んでいるらしい手は外から見えずで。船乗りの雰囲気はするのだが、それにしてはあまり逞しい体躯ではなく。腕っ節よりも知恵で立ち回るタイプかしらと、ナミが小首を傾げたその前を、鼻歌交じりに通り過ぎ、すたすた軽快な足取りにて店から出て行ってしまう。

 「な〜んか、その…。」

 結局、何者なのかは判らずじまいで。やはりあれって、こちらの正体が判ってる御仁だったという感触がありありとするのだが、
「何でかな。庇ってくれてた気がする。」
「そうっすよね。」
 海軍へのご注進なんてな行為には走らないと。それどころか、ここを預かる中佐を甘く見るなとの忠告までいただいて。庇うというのか、援護してやるというか、そんな態度ではなかったか?

 「…海賊旗を見たって
  言ってましたし、
  俺らのファンですかね。」

 「まさかぁ。」

 キツネにつままれたような気分となって、正体不明のお兄さんが去った後を、ついついいつまでも眺めてしまってた二人であり、ウェイトレスのお嬢さんがコーヒーを運んで来ても、サンジには珍しくなかなか我に返れずにいたそうな。






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