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□人の噂も…
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 その舌に油が乗って来たか、最初っからの語りだったお兄さん、講釈師も顔負けの間合いを取ってから、さてさてとお話を進めて下さる。
「停船命令の掛け声がすっかりと消え切らぬ前に。そのキャラベルの舳先の根元辺りに、いつの間にやら男が一人、立ってやがったらしくって。」
 そいつもやっぱり若かったんだが、腰に提げてたのが3本もの和刀。俺は知らねぇんだが、何でも外海じゃあ結構有名な海賊狩りだった男だそうで。そいつが白旗でも掲げてりゃあともかく、

 「これ見よがしに、ケッて。
  侮蔑の眼差しってのを
  くれてやったらしくてよ。」

 「…何じゃそりゃ。」

 そうと判るほどの接近だったのか? いやいや、物見が双眼鏡で確かめたらしい。それをそのまま伝令させたもんだから、ミンツ中佐は怒髪天ってやつで、そりゃあもうもう怒ったのなんの。投降する気配なしってんで、砲弾を…威嚇にだろうが ぶっ放したからその界隈は大騒ぎ。

 ― ところがところが、

「その若い男が、いきなり抜刀したかと思や。羊へ目がけて発射された大砲の砲弾に、ばさーっと斬りつけやがってよ。」
「え?え? 刀で、かい?」
 そりゃまた凄いとマスターが驚いたのは、半分ほど呆れてのこと。それをこそ“くつくつ”と笑いつつ、
「そうそう。フツーはそんな馬鹿なことして何になるって思うわなぁ。」
「…フツーは?」
 まずは速さについてけまい。それからそれから、炸裂砲ではないにせよ、鉄の塊という凄まじいまでの重さと、そんなものを宙へと打ち出すほどもの勢いとが乗った大砲の弾なのだ。船腹を抉るほどもの威力があろう、恐ろしい攻撃。普通ならば頭を抱えて退避するものだろに、人斬り包丁みたいな華奢なもんで対抗出来る訳がないと。誰だって思うところだが、

 「その若いのが
  ぶんっと振った
  刀の切っ先は、
  そりゃあ見事に
  砲弾を真っ二つに
  しやがったらしいぜ?」

 「何だって!」

 マスターが目を剥けば、それこそが待ってましたのリアクションだとばかり、カウンターに居並んだ筋肉自慢の噂スズメたちが大きに賑わう。
「ありゃあ将来はひとかどの海賊になるぜ?」
「ああ。ゴール・D・ロジャーには届かずとも、何かしら伝説くれぇは作りそうだ。」
「白髭や赤髪みてぇにかよ。」
「行くんじゃねぇの? まだ若かったそうだからよ。」
 まるで我が手柄の如くに嬉しそうに、ひとしきり囃し立てた彼らだったが、

 「ただまあ、
  その後がいけねぇやな。」
 「だよなぁ。」
 「何がだよ。」

 勿体つけねぇでスパッと話せよと、マスターが急かしつつ、これはサービスだと新しいジョッキを常連たちへと振る舞えば、それを待ってでもいたものか、男たちはにんまりと笑い、
「いや何。その剣士の大活躍は見事だったんだがよ。」
「そうそう。ただ…すっぱりと羊羹みてぇに叩き切った砲弾の片方が、メインマストにぶち当たってな。」
「何か めきめきって嫌な音がして、それと同時に船の進み具合も横へ横へと逸れてってよ。」
 それって、まさか。
「船上が大騒ぎになりの、カッコつけてた剣士が袋だたきに遭いかかりのっていう。寸劇みたいな騒動を乗っけたまま、その船はいずこともなく消えてったらしい。」
「待て待て。海の上でどうやって消えられるんだ。」
 まさかに沈みでもしたか? マスターが腑に落ちんと怪訝そうなお顔をしたのへ、

「何でも、
 その船を見守ってた
 船という船全部の
 操舵手全員が、
 その手を動かせなくなっちまった
 らしくてな。」

 ある船の操舵手は全く見当違いの方向へと船を走らせるわ。別の船の操舵手は、自分の手が3本になったと叫びながら、半狂乱になり船橋(ブリッジ)から飛び出すわ。
「…何だそりゃ。」
 さてなと皆して小首を傾げるやら、
「よほど大物海賊の、ガキや親族の手持ち船だったんじゃねぇのか?」
 後難があるのに恐れをなして、わざとらしい奇行でもって、捕まえさせんのを妨害したのなら、海軍つっても大したこたねぇなと鼻先で嘲笑するやら。

「ともあれ、
 何ともトンマな海賊さんでよ。
 今のところは見つかってないが、
 どうせその内、
 派手めの捕り方が始まろうから、
 おやっさんも
 それだけは見逃しなさんなよ?」

 わははと沸いてその話は案外あっけなく幕を引いた。そりゃあそうだろう。現に今、こんなに平和で“コトも無し”なのだ。大勢で鬨の声を上げて町へと乗りつけ躍り込み、誰彼の見境なく蛮刀を振るって切りつけて回り。金銀お宝や食料のありったけを略奪した末に、町に火を放って追っ手を削る…というような。いかにもな蛮行を仕掛ける海賊は、この何十年も現れずであり。これもまた海軍の警戒のお陰様なのだろうが、それへと匹敵するだけの高い税金を一般民たちは世界政府に支払ってもいるのでと。そうそう“ありがたや、ありがたや”という畏敬の念でばかり、海軍へと対している訳でもないらしい皆々様であり。こんな間抜けな海軍に捕まるようじゃあなと、微妙に海賊へも同情するよな声が出たところで、休憩も終了ということか、遠いサイレンの声に呼応して、荷役の男たちはぞろぞろと店から出てゆく。引き潮のような勢いで彼らが去って行った後を、マスターの娘でもあろうか、十代そこそこという年頃の少女らが二人ほど、テーブルやカウンターの片付けに回っており、

「あ、お嬢さん。こっち、コーヒー2つねvv」
「はいなvv」

 観光客だろうか、しゅっとしたスーツを着た青年から、しかも“お嬢さん”なんて呼ばれた娘が、にこやかに笑って愛想を返した。そのテーブルには、もう一人、少女たちよりは年上の、それでもまだまだ“少女”という範疇内の女性が座っており、

 「…そっか。
  笑い話になってんだ、
  やっぱり。」

 あ〜あだなと、残念そうなお顔になった彼女へ、向かいに座っていた金髪痩躯の青年がくすくすと笑って見せる。
「そうは言いますが、あのオチはいけませんや。」
 まあ、マストは結局折れなかったからよかったものの、ウソップがどれほどカンカンになってたか。
「あんのマリモ頭め、しゃしゃり出たからには最後まで責任取れってんですよ。」
「でもまあ、追尾をどうにかしよって買って出てくれた気持ちは判るじゃない。」
 少なくともあの砲弾は不味かった、ああでもしなきゃあ…どうなっていたかと、みかん色の髪をした少女が肩をすくめる。

 「ルフィが
  ゴムゴムの技の1つでも
  出してたら、
  町中に知れ渡っちゃうわ。」

 何たって…懸賞金付きだっていう手配書は、こんなのんびりした町へも一応出回っている。さっきの会話を聞く限り、旗印からだけではどれほどの海賊なのか、一般民にはまだ判らない程度の衆知みたいだけれども、
「ルフィを矢面に立たせたら、あっと言う間に…湾内のみならず、町の中へまで非常線が張られちゃうわ。」
 ゾロにだって懸賞金はかかっているけど、あいつはいかにもの恐持て。そうじゃないお気楽そうな顔触れへまで警戒されて、店が全部閉ざされちゃうって事態だけは、避けたいじゃない…と。こそこそっと言い返したお嬢さんへ、

 「さっきは笑い話扱いへ
  不満そうでいたのにね。
  結果、
  目立たなくって良かった、
  かね。」


 背後からの不意なお声がかかって、

  「…っ!」
  「…なっ!」

 ナミが、サンジがギョッとした。さっきのサイレンで客の全員が出てった訳じゃあないのは判っていたが、こんな間近にも残ってる客がいたなんて、今の今まで気づかなかった。人の気配には結構鋭いつもりだったし、そんな話題を口にしていたのだ、常よりも周囲に気を配ってからだったつもりが、

  “話まで聞かれてる?”



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