■蒼夏の螺旋
□青葉瓊花
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「もしかして
"初めまして"って挨拶したとか。」
「………した。」
肩を落として答えるゾロへ、ルフィもまた何とも言えない顔をして見せる。
「ホントにゾロって、女の人への融通が利かないよな。」
「悪かったな。」
正確には、感覚が古い。守ってやろうとか手を抜いて相手をせねばとか、子供扱いするか、若しくは"眼中になし"扱いをする。くいなのような女傑が身近にいても、だ。いや、そうだったからこそ、実はそうそう弱くもない彼女たちを、だが、しっかり庇えるほどに強くあらねばと、無意識の内にもより頑張った彼なのかも?うむむ ともあれ、今の彼が会社でもそうなのかどうかは生憎と知らないルフィだが、そうそう簡単に器用になれるものとも思えないし、自分に対しての接し方を見ていれば何となく判りもするというもので。あと、関心がないからだろうか、よほど毎日のように会う人でもない限り、顔を覚えようとしないから困ったもの。…それにしたって、このルフィからそういう方面で突っ込まれていては終しまいではなかろうか。あはは
「ヒナ先生ってさ、男嫌いなんだよね。」
ルフィは小さなため息をつくと、そんな言葉を紡ぎ始める。
「俺は子供扱いだから別ならしいんだけど、職員の人とか生徒さんとか、女の子には優しいんだけどある程度以上の大人の男の人には"つんっ"てしてて。」
ゾロのおとがい辺りをその懐ろから見上げつつ、
「もしかしてさ、ゾロのこと、好きだったのかも知れないね。」
「はあ?」
「だってあれほどの美人だもん。本人に意識はなくたってさ、ちやほやされる環境にいたと思うんだ。それが、ゾロからは"眼中にない"って扱いされてさ。そういうの初めてだったのかも。」
「そんで、傷ついたんで男が嫌いになったってか?」
「そこまでは言ってないよぉ。」
妙な方向へと先走られて口許を尖らせるルフィに構わず、
「考え過ぎだ。小手先であしらわれたのをずっと根に持ってたってだけだろさ。」
いやに素っ気ないことを言う。
「ゾロ?」
大した言いようではないながらも、どこか悪口に近い言葉であり、そんな風に誰かを腐すなんて彼らしくないなと小首を傾げるルフィだったが、
「俺が意識し出して、
ほだされでもして。
やっぱり女の人の方が良いからって
彼女の方へ
気持ちが傾くんじゃないかとか。
そういう余計なこと、
考えてないか? お前。」
「……………。」
嘘でも"そんなことはない"と一言言えば済んだだろうに。それとも、自分でもはっきりと意識まではしていなかったのだろうか。顎を少し引いてこちらを覗き込んで来るゾロに気づくと、
「…あ、えと。」
はっと我に返ったらしいが、あまりに意表を突かれてだろう、返す言葉を見つけられずにいる。どちらのチームだか、ゴールが決まったらしい歓声がテレビから溢れて来たが、それも何だか白々と聞こえる静寂の中、
「そういう考え方、何でするんだ?」
「…だって、さ。」
シャツ越しに胸板へと擦り寄る頬の柔らかな感触、小さな温み、幼い形の手、まだ少し高めの声。体温が上がると匂い立つ甘い香りに、目の前に来ている真っ黒な髪のつやまでが愛惜しいのに。どうして彼は、何もかもを…こちらの心までもを、いつかは形を変えてゆくものとわざわざ自分で決めてかかって及び腰になるのだろうか。
「突然傷つくよりは、
前以て少しくらい
覚悟しといた方が楽だって。
もしかしてそう思ってるのか?」
「………。」
そういう恋なのだと、永遠を誓えない辛い恋なのだと、まだどこかでそんな意識の抜けない彼なのだろうか。最初の数ヶ月、散々彼を不安にさせたその名残りか、それとも先のことを考え無さ過ぎる自分が呑気すぎるのか。
"先のこと、か。"
そういえば。この少年を7年も傍らにおいて、持てる限りの愛情の全てを惜しみ無く注ぎ込んでいたあの異邦の青年は、ただでさえ不安だった筈のルフィを気遣って、いつだって至れり尽くせりに気を回していたようだった。きっと、少年から笑顔を絶やさせぬことへこそ粉骨砕身の努力を惜しまなかったのだろう。もしかしたら永遠を生きたかも知れなかった二人だったから、尚のこと、そればかりを考えていたに違いない…と判るような言動を、今もなお、続けている男である。
『このまま
あんたの傍らに置いといて、
どんどん傷ついていく
ばかりなようなら、
力づくででも
連れて行こうと思ってた。』
今でも"辛いなら帰っておいで"と余計なお世話な"危険メール"(笑)を寄越してくる御仁であり、ルフィの側からも結構頼りにしている節がちらほらと。悔しいことながら、あの、中身はかなり年寄りな"人生の達人"にはおいおい どこまで行ったって追いつけはしなかろう。
"………。"
男の嫉妬はみっともない。心の中でぶんぶんとかぶりを振って振り飛ばし、
「頑張るから。」
そんな声をかけている。
「…?」
意味が分かりかねてか、顔を上げてこちらを見やって来る少年へ、
「お前が先のこと怖がらないで済むような、そういう相手になれるように頑張るから。…な?」
深色をたたえた眸の真摯さが、こちらの眸の奥底まで浚っていくように覗き込んで来て。途端に甘い痛みが、いや、何とも言えない切ない温かさが、胸の底、じわりと沸き立つのを感じた。
「………うんっ。」
相変わらずに不器用で。時々"壊れもの"のように傷つきやすくなってしまう自分のこと、取り扱いかねもするのだろうに。そういうことには慣れぬ手で、無骨で大雑把な手で、それでも何とか守ろうとしてくれる、判ってやろうと…自分にだけはずぼらしないでいてくれる優しい男。
"温ったかいや。"
その大きな手でそぉっとそぉっと撫でてくれるだけで良いのだ。もっと強くなろうとそんな気持ちが沸き立つから。困らせてはいけない、ではなくて、負けるもんかと。いつかは背丈だって力こぶだって追いついて追い抜いてやると思ってた、小さい頃ずっとそうだったように、自然とそう思える自分に戻れるから。シャツの襟元の切れ目から覗いているのは、男臭い色香を感じさせる鎖骨やら首条やら。そこへと手を伸ばすと日頃からの呼吸で軽く抱え寄せてくれるから、おとがいの深みへと頬を埋めて口づけを幾つも落として。くすぐったがるやさしい恋人へ、ぎゅうっとしがみついて、こちらも幸せそうに笑うルフィである。
「…なあ、ゾロ。」
「んん?」
「雨、降っててもサッカーって
滅多に中止になんないって知ってる?」
「へえ、そうなんだ。」
「あさっての日曜のチケット、
実はあったりするんだけど、
観に行こっか?」
「………それって。」
………それって。(笑)
〜Fine〜
02.5月末頃〜.6.11.